、人力車夫の長家のような、板戸の家《うち》が彼女の巣だった。
 更けてはいなかったが戸を叩《たた》くと、床の低い四角い家の上りがまちに藤木さんが寐ていて黒っぽくモゾモゾした。奥の壁の隅に島田髷が小さく後向きに寐ている。にぶい燈火にも根に結んだ銀丈長《ぎんたけなが》が光っていた。壁にはいろいろなものがさげてあったが、芸妓の住居らしい華《はな》やかなものは一品《ひとしな》もなかった。
「あの娘《こ》は疳《かん》のせいか寐出すと一日でも二日でも死んだもののように眠っていて――」
 母親は祝いにきてくれたのにと気の毒そうに呟《つぶや》いた。
 心の重荷――そんなものが感じられて従姉の苦悩に私は胸をひきしめられていた。この裏家《うち》から高褄《たかづま》をとって、切火《きりび》をかけられて出てゆく芸妓姿はうけとれなかったが、毎日|細二子《ほそふたこ》位な木綿ものを着て、以前《もと》の抱えられた芸妓屋《うち》へゆき、着物をきかえて洗湯にも髪結いさんにもゆくのだと母親が説明した。
 とはいえ、そうしたはかない裏は知らず、料亭《ちゃや》の二階へよぶ客は、芸妓と見れば自分から陽気になってくれる。彼女にも
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