ますように。」
 なまいだ、なまいだ、なまいだ、と棺から出てきても空念仏《そらねんぶつ》を言いつづけていた。
 おやそさんが、漬物桶《つけものおけ》と同居して死んだ時、十本の指に十本、手首にも結びつけていた紐《ひも》がある。その紐はみんな寐床の下から出ていた。死体を棺に入れたら床の下からずるずると幾つもの巾着《きんちゃく》が引きずられて畳を這《は》った。貸金の証文、鍵《かぎ》類、お札のいれたの、銀貨の入れたの、銅貨の入れたの、穴のあいたビタ銭のまであった。大概のものは棺の中へ一所に入れて、現金は何処《どこ》へか寄附された。



底本:「旧聞日本橋」岩波文庫、岩波書店
   1983(昭和58)年8月16日第1刷発行
   2000(平成12)年8月17日第6刷発行
底本の親本:「旧聞日本橋」岡倉書房
   1935(昭和10)年刊行
※「老母よりの書信」は旧仮名遣いになっていますが、ルビにつきましては、岩波文庫編集部の方針「現代仮名づかいで振り仮名を付す」に従い「いずみちょう」としました。
入力:門田裕志
校正:小林繁雄
2003年7月7日作成
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