》さんで、ニヤニヤ笑いながらいった。
「おやっちゃん、はじめましょう。」
 あたしの背の――目のとどくところのうちは無事だったが、とうとう天理様の机がもちだされることになった。それでたりずに見台まで、鼠がひくようにひっぱった。勝梅さんが不思議がって探り廻しだしたのに吃驚《びっくり》した私は二ツ重ねた足台からおっこって、階下の人を驚かせ、二階へ駈《かけ》上らせた。勿体《もったい》ないといって盲目さんは泣いた。階下からは兄さんが、かわりの読物をかしてくれた。たしか『都の花』という新聞の附録だったが、苦しい生活を知らないあたしは遠慮もなく頁をあわせて立ちきってしまったので、コチコチの兄さんが疳癖玉《かんしゃくだま》を破裂させて梯子段《はしごだん》からどなり上って来た。だが、何が彼をそんなに怒らせたのか分らなかった。
『都の花』は近所からの借ものだったのだ。あたしはまた高いところの古新聞を読んだ。厠《かわや》のはどうにもならないが、梯子段の近辺は手すりにのぼった。窓の近くは窓にのぼり、欄間に手をかけて屋守《やもり》の這うかたちでした。向側のキリ昆布屋から危なくて見ていられないと苦情を申込んで来たので、また兄貴が呶鳴《どな》った。翌日ゆくと、善兵衛おじいさんが股《また》の間へ摺鉢《すりばち》を入れて、赤っぽい大きなお団子《だんご》をゴロゴロやっているので、摺鉢をおさえてやりながら、なににするのだときくと、ただニヤニヤ笑っていたが、やがて、古新聞がお団子色にぬりたてられた。

 兄さんが死んで、おきねさんが三ツ輪に結って、浅黄がのこをかけてお歯黒をつけて、どこかみだらな顔つきになったが、それも見えなくなった。骸骨《がいこつ》の顔に大きな即効紙を張ったおばあさんも死んだ、善兵衛さんはどうしたのか、勝梅さんは天理教をやめて耶蘇《ヤソ》になったといった。外国婦人につれられて歩いているのを見かけたといったものもある。
 おやそさんに、も一人の姉さんがあった。やっぱり近所に住んでいたが、みんな後家《ごけ》さん――後家さんはお母《っか》さん一人で、あとは老嬢《おうるどみす》だったのかも知れないが、女ばかり四人《よったり》してキチンと住んでいた。母子《おやこ》なのだか姉妹なのだかアンポンタンにはわからないほど、梯子段《はしごだん》のようにだんだん年をとった四人だった。一番若い下の娘だけが廿二
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