見える。そのうちに、小さな仕事――差押え解除だとか、書翰《しょかん》の写しだとか、公判の延期だとか、相当の用をもらって、彼らはもぐり[#「もぐり」に傍点]でなく、大手を振って裁判所に出入する特権を、幼くもよろこんだのであろう。
 日本橋区|馬喰町《ばくろちょう》の裏に郡代《ぐんだい》とよぶ土地があって、楊弓や吹矢《ふきや》の店が連なった盛り場だったが、徳川幕府の時世に、代官のある土地の争いや、旗本の知行地《ちぎょうち》での訴訟は、この郡代へ訴えたものとかで、その加減かどうか、馬喰町には大きな旅籠屋《はたごや》が多く残っていた。おかしなことに、古屋島七兵衛さんは、郡代の裏の、ずっと神田の附木店《つけぎだな》によった方の、小《ち》いっぽけな、みすぼらしい木賃《きちん》のような宿屋の御亭主であった。
 ある日、眉《まゆ》のあとの青いおかみさんが女の子を連れて来て、祖母にボソボソ言っていたが、またあとから白髪《しらが》の黄《きい》ろいのを振りこぼしたお媼《ばあ》さんが来た。二人はシメジメと呟《つぶや》き訴えていたが――道十郎めっかち氏が浮気をしているのだと――其処《そこ》へヒョッコリ七兵衛氏が
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