が目に立つ顔で、多い毛を、太い輪《わ》のおばこに結っていた。岩井松之助という、その頃の女形の役者に似ている気がした。親方井坂さんは腕の好い仕立職人だが、どうもじっとして仕事がしていられないと見え町内のことから、何からかから、成田山の講元でもあれば裁判所のことにも興味をもっていた。だから、ある時は、修験者のかける大きなつぶの数珠《じゅず》を首からかけて、みけんへ深い立皺《たてじわ》をよせて真言《しんごん》秘密、九字の咒文《じゅもん》をきっていることもある。あたしの父が、悪太郎の時分からの知りあいだ。
仕立やの店は、その実|女房《おかみ》さんのお稽古所だったのだ。常磐津《ときわず》のおしょさん[#「おしょさん」に傍点]だった文字春《もじはる》さんの家が仕立や井坂さんになったのだ。悪太郎の父は、ませていたその頃の小若衆《こわかしゅ》、井坂の浜さんが文字春さんのところへくる夜、格子の敷居に犬の糞《ふん》をぬっておいた。浜さんが意気な姿で格子をくぐって、おしょさんの前に座ると、おや、いやな匂いだといったので、笑い出しておっかけられた――そんな不良どもが、法律の先生になったのだから、仕立や浜さん
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