しがった。ひょいと方向が違ってしまったと見えて大木《たいぼく》の根をグルリと廻って見ても、そこに父の姿は見出せなかった。
 迷児《まいご》になってしまったのだった。二人はベソをかくのを隠しっこをしてウロウロしたが上野の山は桜が白くこぼれて、山下の燈があかるいほどなおさびしかった。鐘つき堂の鐘が鳴った――
 ふと、青石横町の、母方の祖母の家で、寝ざめや、寝ぎわにきいた、三ツは捨て鐘で、四つめから数えるのだときいたことから外祖母の家を思いだした。おばあさんの家へいっていたら、父がたずねて来てくれるかも知れないと気がついた。青石横町にいると、五月雨《さみだれ》の雨上りの日など抄《すく》い網をもって、三枚橋の下へ小蝦《こえび》や金魚をすくいに来たから、石段をおりれば道は知っていた。おさないはらからは、手をつないで、ぼんやりと、暗くなってからやっとその家に辿《たど》りついた。

 おまるちゃんが「亀《かめ》の年」といったのは、よく諸方で可愛がられる子で、近所の――そばや利久の前の家――酒屋で、孫娘のように大事にしてよく借《かり》に来た。お酒がすきで、亀の年という甘いお酒(瀬戸物の大きな瓶《かめ》
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