に燃したと雄弁にまくしたてて叱られた。
 家にかえっても何にも言わないので、祖母はあたしを可愛がった。妹は外でおとなしく、帰るとすぐ告げ口をするので、猫かぶりだといって、いつもおいてきぼりにされていた。言いつけ口は嫌いだが、決してもの事を隠しだてするひとではなかったから、帰るとすぐその晩か、遅くもあくる夜は、松さんの俥が荷物ばかりを積んで、再びなまけ者の住居を訪れるのだった。
「無駄だけれど――」
と言いながら母は布団《ふとん》やその他のものを積ませた。
 だが、鉄さん自身が浅間《あさま》しい姿で、地虫のように台所口につくばった時、祖母は決してゆるさなかった。同情の安売りはしなかった。取次ぎが、ぜひ御隠居様にお目にかかりたいと申《もうし》ますと伝えたとき、台所の敷居に手をつくようなことをせず、表から来いと言わせた。
 彼女は卑屈を嫌ったが、決して貧乏を厭いはしない。ところが、哀れな鉄さんは、卑屈をいやしまず貧乏を鼻白《はなじろ》んだ。彼は何時《いつ》までもウジウジ屈《かが》んでいた。祖母は堪《たま》らなくなったと見えて台所口へゆくと柄酌《ひしゃく》に水をくんで鉄さんの頭からあびせかけた。
「とっととゆけ、用があらば伯母《おば》の家《うち》だ、表からはいれ。」
 そう怒鳴《どな》った。ブツブツ口小言をいっていた母が、かえって気の毒がって小銭を与えたりした。
 鉄面皮な甥《おい》は、すこしばかり目が出ると、今戸の浜金の蓋物《ふたもの》をぶるさげたりして、唐桟《とうざん》のすっきりしたみなりで、膝を細く、キリッと座って、かまぼこにうにをつけながら、御機嫌で一杯いただいていた。そんな日にはいやに青い髭《ひげ》だと思った。
 この男、晩年に中気《ちゅうき》になった。身状《みじょう》が直ってから、大きな俥宿の親方がわりになって、帳場を預かっていたので、若いものからよくしてもらっているといった。それでも若い衆におぶさって一度|逢《あ》いたいからと這入《はい》って来た時に、みぐるしくはなかった。大きな男が、ろれつの廻らぬ口で何か言いながら、はいはいした顔を出した時、みんなびっくりした。
「お前なぞ、そんないい往生が出来るなんて――よく若い者が面倒見てくれるな。」
 父がそう言うと、
「全く――裸で湯の帰りに吉原へ女郎買いにいったりした野郎が――全く、若いものがよくしてくれます。」
と言った。逢いたいにも逢いたかったが、世話になる部屋の若い者に礼をしてくれと頼むのだった。

 さて、
 イッチク、タイチク、タエモンドンの乙姫《おとひめ》さまが、チンガラホに追われて――
などと、大きな声で唄《うた》いつれていたアンポンタンも小学校へあがる時季が来た。そのころは勝手なもので、六歳でも許したものだった。尋常代用小学校といっても小さく書いてあるだけで、源泉学校だけの方が通りがよかった。重《おも》に珠算《しゅざん》と習字と読本だけ、御新造《ごしんぞ》さんも手伝えば、お媼《ばあ》さんもお手助けをしていた。
 引出しが二つ並んでついた机を松さんが担いで、入門料に菓子折を添え、母に連れられて学校の格子戸をくぐった。先生は色の黒い菊石面《あばたづら》で、お媼さんは四角い白っちゃけた顔の、上品な人で、昔は御祐筆《ごゆうひつ》なのだから手跡《しゅせき》がよいという評判だった。御新《ごしん》さんはまだ若くって、可愛らしい顔の女だった。
 格子戸をはいると左に、別に障子を入れた半住居の座敷があって、その上の二階は客座敷になっていた。先生は怖《こわ》いから大変年をとった人だと思ったが、多分三十位だったかも知れない。お媼さんは先生のことを秋山が秋山がと言った。
 翌日からみんなと机をならべるのだった。お昼すこし前になると、おみやげのお菓子を配った。今朝登校のときに松さんがもって来た大袋四ツが持出されて、うまい具合に分配されてゆくのだった。世話やきの子供が幾人かで、全校の生徒の机の上に、落雁《らくがん》を一個二個ずつ配ると、こんどは巻せんべを添えて廻る。その次は瓦煎餅《かわらせんべ》という具合にして撒《ま》ききるのだ。
 母の覚え書きがあるから記しておこう。
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於保《おやす》手習《てならい》初メ
金五十銭に砂糖折
外《ほか》に子供衆へ菓子五十銭分。
そのほか覚。
一月年玉分    五十銭
七月盆 礼    五十銭
試験       七十銭
月謝       三十銭
年暮       玉子折
年玉       五十銭
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外に暑寒
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 なんと安価なものではないか。しかし、お豆腐は一丁五|厘《りん》であったのを、お豆腐やの前で読んだから知っている。お米のねだんは知らないから書くことが出来ない。
 試験が割合にかか
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