てあったのも、その傍《かたわら》にあたしの着物を張った張板《はりいた》がたてかけてあったのも、その廻りを飛んでいた黄色の蝶と、飛び去ってしまった。
角の芋屋がまだ八百屋のころ、お其《その》という小娘が店番をしていた。ちいさい時、神田から出た火事で此処《ここ》らは一嘗《ひとなめ》になって、みんな本所《ほんじょ》へ逃げた時、お其は大溝《おおどぶ》におちて泣き叫んでいたのをあたしの父が助けあげて、抱《かか》えて逃げたので助かったといって、私の赤ン坊の時分からよく合手《あいて》をして遊ばせてくれた。だが、先方《さき》も正直な小娘である。店番をしている時、無銭《ただ》でとっていったら泥棒とどなれと教えこまれていた。あたしはまた、お金というものがある事を知らず、品物は買うものだということをちっとも知らなかった。他人《ひと》のものも、自分のものも、所有ということを知らず、いやならばとらず、好きならばとってもよいと、弁《わきま》えなく考えていたと見え、ばかに大胆で、げじけし[#「げじけし」に傍点]をおさえて見ていたが、急に口へもってゆこうとして厳しく叱られたりしたというが、その時も、お其《その》の店
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