上《あが》り口《ぐち》へまっすぐに煙筒《えんとつ》をつけて、窓から外へ出すようにしてあった。だから、二階の梯子《はしご》はとりはらわれて、あたしたちの暖《あた》っている頭の上を、猿梯子《さるばしご》をかけて登ってゆく、物干場は、一度窓から出て、他家《よそ》の屋根に乗り、そして自分の家の大屋根にゆく仕かけだった。
「売れすぎて損をするって。」
とお其は告げて、あたしの父を笑わせていた。父の晩酌のお膳《ぜん》の前に座るのを、あたしより前《さき》にもった特権だとこの小娘は信じて疑わなかった。
お其が私を紹介した買物のはじめは、角の荒物店だった。足許《あしもと》の箒《ほうき》だの、頭の上からさがって来ているものを掻《か》きわけて、一間たらずの土間の隅につれてゆくと、並んでいる箱の硝子蓋《ガラスぶた》をとって中の駄菓子をとれと教えた。当《あて》ものをさせて、水絵《みずえ》――濡《ぬ》らしてはると、西洋画風の蝶や花が、刺青《ほりもの》のように腕や手の甲につくのを買わせた。で、彼女は一生懸命にお銭《ぜぜ》の必用《ひつよう》と、物品購買のことを説ききかせて、こういう細長い、まん中に穴のあいているのが天保銭《てんぽうせん》で、それに丸いので穴のあいてるのを一つつけると、赤く光った一銭銅貨とおんなじだと、繰《くり》かえしていった。でも、あたしにはあんまり必要がなかった。それよりも、お其の紹介で友達になった子たちが、自分の家《うち》の裏庭でとった、蝸牛《まいまいつぶろ》を焼いてたべさせたりするのを、気味がわるくてもよろこんだ。
この子供仲間は、男の子も女の子もみんな顔色がわるかった。どの子も大きな眼をして痩《や》せていた。小僧さんかお附きの女中がいるので、それらの眼をしのんで、こっそり集《あつま》るのを、どんなに楽しみにしていたか知れない。だから裏から裏と歩いた。村田――有名な化粧品問屋――の裏を歩くと、鬢附《びんつ》け油を練《ね》る香《にお》いで臭く、そこにいる蝸牛《まいまいつぶろ》もくさいと言った。鍛冶七《かじしち》――鍛冶もしていた鉄問屋――の裏には、猫婆《ねこばばあ》がいるということなど、いつの間にか大人《おとな》よりよく知ってしまった。
猫婆さんは真暗な吹鞘場《ふいごば》に――その家《うち》も大かた鍛冶屋ででもあったのであろう。大溝《おおどぶ》が邪魔をして通り抜けられない
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