さうゆゑ、家の、古い人たちがお孃さんと呼ぶので、畫孃《ぐわぢやう》としておく――彼女が三上をしきりに慰め、盛んにしやべるには、
 ――これは本當の話で、大毎《だいまい》にもたしかに出てゐたんだけれど、大阪の人でね、一斗づつお酒を飮む人があつて、それが毎日だからたまには諫められたけれど、なんの糞と、別あつらへの體だと思つてゐると、すこし工合が惡くなつたんで、お醫者さんに見てもらふと、お酒のためぢやなくて、七卷半の、三上山の大|蜈蚣《むかで》ではないが、お腹一ぱいに條虫《さなだむし》の大きな奴が蟠踞してしまつてたんだつて――
 そこまではまじめだが、
 ――なんしても、米の水一斗も、毎日攝取してゐたのだから、條虫の榮養はおどろくばかりよくつて、飮んでやる機械になつた人間の方は弱つちやつたわけで、結局條虫が酒豪だつたつてことになるのね。うン? なに、そりや直ぐに出た。うまい酒が、今日は來ないなと、奴さん大きな口をあけて待つてたから、一日絶酒したあとへ來たやつを、ガブリとやると藥だつたから、すぐ效《き》いちやつて、わけなく手《た》ぐり出されちやつたんだが、條虫が出ちまつたら、その人は、一升も飮めなくなつちやつたんだが――
 畫孃《ぐわぢやう》はカラカラ笑つて
 ――その人は條虫《さなだむし》だが、あんたのは、虫にしたら、なんだらうなあ。
 私はその時、ふと、わに[#「わに」に傍点]のことを思ひだした。去年大石千代子が、サンポーロから歸つて來た時から、鰐をほしくないかといつてゐたがこんどフイリツピンヘ行くので、鰐をどうしようといふので、春子の畫室へ吊しておいてもらつたらいいといつたことを、傳へておかうと、
 ――さうさう、春ちやん、鰐を二ツあづかつておくんなさい。
 春子|畫孃《ぐわぢやう》は眼を輝かして、
 ――一匹くれない? 小さい奴は柔らかいからハンドバツグにしても好いし、もすこし大きければ、靴と鞄だ。
 と慾ばつたことをいつてゐる。それを聞くと私はクツクツと笑つた。
 ――貰つて來た大石さんも、小さければ置物になると思つたのだつて。日本人で、とても鰐を釣るのがうまいと自慢する人があつたので釣るといふから、ちつさいのに違ひないと、ひとり合點で、お土産に釣つて下さいと頼んでおいたらば、いざ出帆といふ時に、汽船へ擔ぎこんで來たんだつていふの。
 ――え、擔ぎ込んで來たつて?
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