調度は出来るだけ華美に、めざましいほどに調《ととの》えられた。その人数には、俳優、芸妓、旦那衆、画家、芸人、噺家《はなしか》、たいこもち、金に糸目をつけぬ、一流の人たちが主《おも》な役柄に扮し、お徒歩《かち》、駕籠《かご》のもの、仲間《ちゅうげん》、長持《ながもち》かつぎの人足《にんそく》にいたるまで、そつのないものが適当に割当てられ、旧幕時代の万事《こと》を知るものが、その身分々々によって肝煎《きもい》りをした。真にまたと見ることの出来ぬと思われるほどの思いつきで、赤や浅黄《あさぎ》の無垢《むく》を重ね、上に十徳《じっとく》を着たお坊主《ぼうず》までついて、銀の道具のお茶所まで従がっていった。
その行列が通るのをわたしは柳橋で見た。勿論土地の売れっ妓《こ》たちは総縫《そうぬい》の振袖や、袿《うちかけ》を着た、腰元や奥女中に、他の土地の盛り場の妓《おんな》たちと交っていたので、その通行のおりには大変な人気であった。
柳橋の裏|河岸《がし》の、橋のたもとから一、二軒目に表二階に手摺《てすり》のある、下にちょいと垣を結うた粋《いき》な妾宅があった。裏へ抜ければ、じきに吉川町へ出て、若松家という古い看板の芸妓家へとゆくことが出来るようになっていた。妾宅のあるじは若松家の初代小糸といった女《ひと》で、お丸さんという名であった。その時分若松屋には三代目の小糸という雛妓《おしゃく》も、お丸という二代目も出ていた。――(そのお丸さんはいま、稀音屋《きねや》六四郎の細君になっている)妾宅の方のお丸さんは、すらりとした人で、黒ちりめんの羽織のよく似合う、そんな日でも、別にめかしてもいなかったが、人好きのする美人で、足尾《あしお》の古河市兵衛氏の囲いものだった。その二階に招《よ》ばれて、わたしは綺麗な女たちを面《おも》うつりするほど多く眺めた。
その行列の、美しい御殿女中のなかに、照近江のお鯉も交っていたのか、ほどなく、わたしは一枚の彩色麗しい姿絵を手にした。桜のもとに短冊をもっている高島田の、総縫の振袖に竪矢《たてや》の字、鼈甲《べっこう》の花笄《はなこうがい》も艶ならば、平打《ひらうち》の差しかたも、はこせこの胸のふくらみも、緋《ひ》ぢりめんの襦袢《じゅばん》の袖のこぼれも、惚々《ほれぼれ》とする姿で、立っているのだった。
それ以来、わたしの心のおぼえ帳には、美しき女お鯉の名が消されぬものとして残った。
二
「横浜の野沢屋さんの大奥《おおおく》さんからのおつかいものでございますの。なんでも六代目さんなんぞは、「お母《っか》さん」というふうにお呼びなすってるようですね。尊敬《あが》めてなので御座いましょうけれどね」
その遣《つか》いものが、衣服の時があり、手道具の時があり、褥《しとね》の時があり、種々さまざまであるけれども、使いは同じ人にさせているということを、女|小間物屋《こまものや》さんは語った。
「羽左衛門《うざえもん》さんのところと、梅幸《ばいこう》さんのところと、それから六代目さん。六代目《さいわいちょう》さんは附属なんですね。そりゃ火鉢だってなんだって、拵《こしら》えておあげになるのです。たいした檀那《だんな》でございますよ」
泉鏡花さんの「辰巳巷談《たつみこうだん》」に出てくる沖津《おきつ》のような、江戸ッ子で歯ぎれのよい、女でも良いものばかりを誂《あつら》えられて納めようというお〆さんが、自分の吐いた煙のなかで、ちょいとさげすみ笑いをしたが、
「だが、お鯉さんは好い気風《きっぷ》でしてね。馬鹿だなんていう奴がドサの慾張りなんですよ。そりゃ利《き》ればなれがよくってね、横浜からの遣いものなんざ、貰《もら》うとすぐに、来たもの徳《どく》で、こんなものやろうかってやっちゃうんですからね、さっぱりしたものでさあ。知れたってすこしも恐れるんじゃないから好《い》いでしょう。あたしゃあ好きでしたね。お使いにたって持ってくときもありましたが、見ていてグッと溜飲《りゅういん》がさがっちゃうので、かまうもんですか、やっちゃいなさいよ。旦那がやかましく仰しゃりゃ、またこしらえさせますからさって、唆《け》しかけたものでさあ」
といいながら、器用に、ポンと音をさせて煙管《キセル》の吸殻《すいがら》を吐月峰《はいふき》へはたいた。
「けれどお鯉さんもたいていじゃなかったのですよ。一体|無頓着《むとんちゃく》なのに、橘屋《たちばなや》ときたら、そのころはしどい借金だったのですからね。厭《あ》きもあかれもしやあしないでしょうが、母親が承知しない。それゃ羽左衛門のおっかさんは実に好い人で、どっちでも向いていろという方を向いている人でしたけれど、お鯉さんの方のが承知しやあしません。もともと市村《いちむら》へやったのは、浮気をさせておい
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