のか、途中スペインのセヴレイまで来ながら、急病で逝《い》ってしまった。
 それからのお雪は、異郷で、たった一人なのだ。
 ――来年あたり帰りたいが、一人旅で、言葉も不自由だというおとずれが、故郷へあったと聞いている。
 それがもとでの間違いであろうが、祇園町にいた老女《としより》が、東京のあるところへ来て、
「お雪さんが帰って来てなさるそうや。昔の学生さんのお友達で、留学してやはった、大学の教師さんと夫婦になって――」
 それは、誤伝の誤伝だった。あちらに長くいて、映画では東郷大将に扮《ふん》したという永瀬画伯が、お雪さんだと思って結婚したとかいう婦人と、久しぶりで帰郷したことの間違いだった。その婦人は十歳位からフランスで育ち、ある外国人の未亡人で、女の児がある浅黒い堂々とした女だということだ。
 お雪は、パリの家に、ニースにただ一人だ。いえ、ニースでは、イタリア人が一緒だったというものもあるが、モルガンのない日のお雪は、孤独だといえもしよう。



底本:「新編 近代美人伝(下)」岩波文庫、岩波書店
   1985(昭和60)年12月16日第1刷発行
   1993(平成5)年8月1
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