ない前に、モルガンは惚れた人がある。それは、芝山内《しばさんない》の、紅葉館《こうようかん》に、漆黒の髪をもって、撥《ばち》の音に非凡な冴《さ》えを見せていた、三味線のうまい京都生れのお鹿《しか》さんだった。
 お鹿さんは、お雪とは、全然|容子《ようす》の違う、眉毛《まゆげ》の濃い、歯の透き通るように白い、どっちかといえば江戸ッ子好みの、好い髪の毛を、厚鬢《あつびん》にふくらませて、歯ぎれのよい大柄な快活な女だった。
 お鹿さんは江戸の気性とスタイルを持った京女――これは誰でも好くわけだ。前代の近衛《このえ》公爵のお部屋さまになる女《ひと》だったが公爵に死なれてしまった。筆者《わたし》が知っている女では、これも、先代か先々代かの、尾張《おわり》の殿様をまるめた愛妾、お家騒動まで起しかけた、柳橋の芸者尾張屋新吉と似ている。私が新吉を知ったのは、愛妾をやめたあとだから、幾分ヤケで荒《すさ》んでいたが、当代の市川|猿之助《えんのすけ》の顔を優しくして、背を高くしたらどこか似てくるものがある女《ひと》だった。
「おしかさんは、支那の丁汝昌《ていじょしょう》が、こちらにお出《いで》になったころ、
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