問氏は、算盤《そろばん》をはじきだした。
出るな、と見込んだからでは決してあるまいが、そうなるとお雪派の策士は、ますますもって四万円即金を頑張《がんば》る。
ジョージ・モルガン氏、お雪さんを見初《みそ》めたのは、勘平さんの年ごろだったが、その時卅四歳、纏《まと》まりそうでなかなかまとまらないのでオスヒスとなって、ある晩、ピストルをポケットに忍ばせ、
「こんなにスローモーションでは堪《たま》りません。蛇《へび》の生殺《なまごろ》しというものです。それというのも、お雪さんの心がぐらついているからです。わたしは死にます。」
それは全く真剣だったので、お雪は途方に暮れてしまった。
「あなたを、そんなに苦しめるのもあたしからですから。」
と、止めていたお雪の方がヒステリックになって、川の岸に立った。どっちたたずの身の、やる瀬なさに、身を投げて死んでしまおうとしたのだ。
顧問博士もびっくらしたのであろう。早速四万円を取り寄せることになった。
そんなこんなが、古風な祇園町の廓中を震撼させた。
「まあ、お雪はんのこと聞きなはったか?」
と、寄るとさわるとその噂だ。
「四万円だっせ。」
豪儀なことや、という女《もの》もあれば、あんなに厭がってたのだから、あてが代っても好いというふうになっていった。
「ようおすな、四万円。」
「そうどすな、悪うおへんな。」
花柳界ばかりではなくなった。京都、大阪、東京――全国的な話題になった。
「噂が立ってしまってから、打明《うちあけ》るのは愁《つら》いが、あて、どうしたら好いのか――」
お雪はある日、末はこの人の夫人《おくさん》にと、はかない望みを抱いていた、情人の机のかたわらに、身をすくめて坐っていた。
「僕はきいていたよ。君の出世を悦んでいるくらいだ。」
と、二十九歳になる、京大法科に通っている、鹿児島生れの、眉目《びもく》秀麗な、秀才はいった。
「僕に尽してくれたのは有難く思っているが、果して、君と一緒になれるかどうかは約束出きないし、今、君がどうしろといったって、どうにもなりはしない。君は行く方が好い。」
お雪はその場合、死のうといわれたら、当惑するには違いなかったでもあろうが、そんなふうに、愛人《おとこ》が理智的にいってくれるのが、突っぱなされたようにさびしかった。
説明のしようのない、ただ侘《わび》しさ――お雪の心に残
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