」
モルガンは、ちゃんと正妻にして、立派に結婚するという。
なんといったらよいのか、断わるに断わりきれなくなってしまったお雪は、
「おっかさんが何と申しますか、よく相談して見て――」
最後の逃路《にげみち》は、母親よりなかった。古風な、祇園の芸妓《げいこ》さんのお母《か》あさんばかりではない。まだその時分には、牛肉を煮る匂いをきらった老女は多かったのだ。異人さんではと逃げを張るのは、こうなると、母親が頼みだ。
しかし、お母さんを救いの手に持ち出したことは、古くさい日本的な断わり方だと笑えないほどのヒットだったのだ。その時モルガンは、燃えあがった若い血の流れる体を、冷い手で逆に撫《な》でられたように、ゾッとしたものを受けとったのだ。
それは、誠によくない思出だった。彼が日本へ慰めを求めに来た失恋の所以《ゆえん》は、相思の令嬢の母親によって破られたのだったからだ。彼は厭な顔をしないではいられなかった。なぜなら、紐育《ニューヨーク》社交界の有名マダムより、なおもっと、日本の古都の芸者ガールの母さんの方が、ものわかりがわるく、毛唐人に対して毛ぎらいが甚だしかろうことは、いうまでもないと思ったからだ。
だが、モルガンは、真心《まごころ》でかかれと決心した。人種はかわっているとて、この、しおらしいところのある、古くさい人々。男性絶対尊重の女たちにまで、肘《ひじ》鉄砲をもらっては、それこそもはや、何処《いずく》の国へいっても顔向けの出来ない男性の汚辱を残す。切り出したからには、今度は、なんでもかんでも成功しないではおかない――
モルガンが、そうした決心を固めている時、お雪の周囲でも、頭を突きあわせて相談がはじまっている。
親族会議の方では、古《ふる》門前裏の小屋《こいえ》に、抱え主、親元、小野亭からも人が来て、つまるところは、金高で手をひくように吹っかけたらということになった。
「なんとしてもあんたさん、毛色の違うた男にはな。」
と、二の足を踏んでいる母親に、姉さんや叔母者人《おばじゃひと》たちは、
「そないに雪が、気にいらはったのなら、加藤の家に養子に来てもろたらいいと、皆いうてですがと、そういうたらどうや。」
そら好い考えだと、それも一つの条件になった。
お雪はまた、浅酌《せんしゃく》の席で、贔屓《ひいき》になる軟派記者に、鼻声になって訴えている。
「あん
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