、小雨がちな巴里《パリ》にいた自分と、違った自分を見出《みいだ》して、狐《きつね》につままれたような気がした。
「巴里は、京都を思い出させたようだったからね。」
モルガンは、此処へ着くと急に、お雪が、昔のお雪の面影《おもかげ》を見せて、何処《どこ》か、のんびりとした顔つきをしているのが嬉しかった。もともと淋しい顔立ちだったが、日本を離れてから、目立って神経質になり、尖《とが》りが添っていたのが、晴ればれして見えるので、
「以前《もと》のお雪さんになった。」
と悦《よろ》こんだ。
ニコリと笑ったお互《たがい》の白い歯にさえ、碧さが滲《し》みとおるようだった。
「何見てるです。」
と言われると、お雪は指のさきを、モルガンの眼のさきへもっていって、
「手のね、指の爪《つめ》の間から、青い光りが発《で》るようで――」
と眼をすがめて見ているお雪があどけなくさえ見えるのを、モルガンは、アハハと高く笑った。
「あなたは、ニースへ着いたら、拾歳《とお》も二十歳《はたち》も若くなった。もう泣きませんね。」
「あら、あて、泣きなんぞしませんわ。」
「此処の天《そら》の色、此処の水の色、あなたを子供にしてくれた。気に入りましたか?」
お雪は、それに返事する間もなかった。急いでモルガンの肘《ひじ》を叩《たた》いて、水に飛び込む男女を、指さした。
「人魚《ニンフ》、人魚《ニンフ》。」
若い女の、水着の派手な色と、手足や顔の白さが、波紋を織る碧い水の綾のなかに、奇《あや》しいまでの美しさを見せた。
「西洋の人って、ほんとに綺麗ね。」
溜息《ためいき》といっしょに、お雪が呟《つぶや》くようにいうと、
「そのかわりあなたのように、心が優しくない。」
と、モルガンは妻の手をとった。
帽子をとったお雪の額をグッと髪の上までモルガンは撫《な》で上げたとたんに、彼は叫んだ。
「おお、マリア観音《かんのん》!」
好奇にみちた彼の眼は素晴らしい発見に爛々《らんらん》と燃えて、
「うつくしい、うつくしい。大変に美しい。」
とお雪の頭を両手でおさえたまま、いつまでもいつまでも見入るのだった。
白皙《はくせき》の西洋婦人《ひとたち》にもおとらないほど、京都生れのお雪の肌《はだ》は白かった。けれど、お雪の白さは沈んだ、どことなく血の気の薄い、冷たさがあって、陶磁器のなめらかさを思わせる、寒い白さだ
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