ラシない事此の上無い。
 右門伝六をうながして立ち上る。

23=玄関
 其処の土間に提灯が掛かって居るのにふと目を止めた。提灯には深川船宿|於加田《オカダ》と書いてある。右門、松公に、
 「あの提灯は?」
 と訊く。
T「お内儀さんが借りて来たんです」
 提灯の大写。
                  (F・O)

24=(F・I)舟宿於加田の表(夜)
 入口の行燈からO・Lして

25=内部の座敷
 生島屋太郎左衛門と例の寺へ逃げ込んだ浪人乾浪之助が密談して居る。
 太郎左衛門が、
T「其処をうまく頼む」
 「よしッ」
 と浪之助。
T「その代りお類の事を頼んだぞ」
 心得たと太郎左衛門。

26=同表附近
 附近に右門と伝六近附く。

27=表
 舟宿のお内儀に送られて来た太郎左衛門が浪之助に、
T「では明日の晩」
 「頼んだぞ」
 と言い残して去る。見送って浪之助、お内儀に、
T「船頭どもは大丈夫だろうな」
 お内儀が意味あり気に笑った。
T「人の喋ると罰が当ると言って居りますよ」
 と言う。和尚其処の河岸から舟に乗り込む。
 物陰から現れた右門と伝六舟を見送る。
 伝六が此の間の奴は、
T「あの侍ですよ旦那」
 右門お内儀を呼びとめて、
 十手を示して、
T「明日の晩どうかしたんですか」
 お内儀「いいえ」
T「其処のお寺で結構なお説教が御座います」
 と言ってお内儀は家の中へ――
 伝六、右門に、
T「あのお寺ですよ旦那」
 と言う。
                  (F・O)

28=(F・I)例の生島屋附近
 伊吉とお類のラブシーン。
T「そのお寺へ」
 お類が言った。
T「夜更けてこッそりお詣りすると」
T「必ッと願いが叶うんですッて」
 「そんな馬鹿な事」
 伊吉は信じない。
T「いいえ本当よ」
 とお類は真剣。ねえ、
T「今夜お詣りしない事」
 伊吉は気が進まなかったけれど仕方なく承知する。
 お類が、
T「今の話、人に喋ると罰が当るのよ」
 と言った。
                  (F・O)

29=(F・I)例の茶店で
 おふみさんが伝六に話して居る。
T「そのお寺へ」
 矢張り例の寺の話です。
T「あたし今夜お詣りするの」
 「お前がッ」
 おふみ、
T「兄さんとお類さんが是非一緒に来いッて言うんだもの」
 伝六が――
T「お詣りして何をお願いするんだい?」
 おふみが「あのね」
T「どうぞ私の願いが叶いますようにッて」
 アレッレッ、
 と伝六驚いて、
 さてはおふみちゃん、
T「誰かに惚れたね」
 「知らないわ」
 伝六が、
 「ハテ誰かな」
T「誰に惚れたんだい」
 「知らないッ」
 おふみちゃん、ちょいと赧い顔して立ち上る。
 伝六が、
T「誰だい? 言って呉れよう」
 おふみ知らないったらと逃げ出して、
T「あてて御覧」
 伝六考えて、
 「アッ解った」
T「えッ」
 とおふみ。
T「解ったよ」
 おふみ、
T「誰? 言って御覧」
 伝六へへと笑って、言えるもんか。
 おふみ、
T「言って御覧よう」
 伝六が、
T「あてて見ろ」
 落し咄です。
 やがて、帰るぜと伝六立ち去ろうとする。
 「アッ待って」とおふみ、
T「さっきのお寺の話ね」
 ふんと伝六。
 おふみが、
T「あれひとに喋ると罰が当ることよ」
 「えー?」と伝六。
                  (F・O)

30=(F・I)右門宅
 右門の前で伝六が、
T「人に喋ると罰が当るそうで御座んすがね」
 とすっかり喋って了った。
 右門考えていたが、
T「暮れる迄に寺社奉行様の手続を頼んだぞ」
 「それじゃ旦那」
 右門堅く決する処がある。
                  (F・O)

31=(F・I)夜の通り
 お類と伊吉とそれにおふみが例の於加田の提灯持ってお詣りに行きます。おふみが、
T「兄さん、お詣りするのに何故舟宿へ行くの?」
 お類が、
T「目立つと悪いから舟で行くんですって」
 おふみ変に思った。その手に提灯。
                  (O・L)

32=敬四郎の家表
 お兼さんが矢っ張り提灯持ってお詣りに出掛けます。敬四郎が頭巾で顔を隠してそっと尾行します。とその亦背後から覆面の侍が尾行します。(右門です)
                  (F・O)

33=(F・I)河
 舟宿於加田の舟に乗り込んだのは、お類伊吉におふみとお兼その他、男女十人ばかり。
 おふみは辺りを見廻して伊吉に、
T「何だか変ね」
 と言って居る。お兼はジロジロ伊吉を見ている。河岸を舟につないで敬四郎が行く。その後から悠然と覆面の右門。舟は岸へ着く。坊主が二三出迎えに来て居る。
 敬四郎は寺の裏手へ廻ります。右門も亦後に続く。

34=門前
 坊主の案内で門内に入る善男善女達――

35=裏口
 小門から覆面の立派な侍や隠居風の町人が、続々と入って行く。敬四郎その中に交って入って行く。右門も亦それに続く。

36=本堂
 集まった男女。和尚が立派な風体で悠然と現れます。読経が始まる。

37=裏手
 坊主が縁側に控えて居る。側の三宝に貼紙がしてある。

 拝観料[#「拝観料」は罫で囲む]

 侍達はそれに小判を置いて室へ入る。
 敬四郎も紙入れを逆さにして拝観料を払う。右門も亦。

38=本堂
 和尚の読経、木魚の音。

39=秘密の廊下
 敬四郎其処から階段を上って二階へ上る。

40=二階の密室
 十人分程の膳部が並べてある。
 通された一同其処へ着座する。酒もあれば魚もある。わけの解らん敬四郎キョロキョロして居ます。覆面の侍の中に例の結城左久馬も居ます。

41=本堂
 読経を終った和尚が一同に、
T「では御婦人方は室へ退って御待ち下さい」
 と言って、
T「貴女がたの心に想う殿方がやがて」
T「貴女がたの眼の前に現れておいでになります」
 と小坊主に案内を命ず。で、お類やお兼や他に女三人立ち上って坊主の案内で去ろうとする。処が、おふみは其の方へ行こうとせず、ふいと立上るや、
T「妾帰ります」
 と来た。和尚、
 「何故帰りなさる?」
 おふみ、
T「だって妾の心に想ってる人は此処に居ないんですもの」
 と言った。和尚が
T「此処には居なくとも御仏の御力を借りて拙僧が」
T「必ッとその御方を貴女の眼の前へ御連れします」
 おふみ、
 「馬鹿々々しい」
T「お生憎さま、妾の想ってる御方ァね、和尚さん」
T「仏さまが鯱立ちして力んだって、こんなケチなお寺へは来っこないの」
 と云い捨てて、廊下へ出ようとする。和尚とめて、
T「貴女は奇蹟を信じませんか」
 傍からお類が、
T「嘘か本当か行って見なければ判らないわ」
 と云う。
 おふみちゃんも仕方が無いから他の女達と一緒に室に行く。

42=密室
 右門が前の御膳をソッと動かすと、床に四五寸程の穴があけてある。

43=下はおふみの室
 おふみが坊主に案内されて入って来た。
 勿論四畳半の感じです。傍にある鏡に右門の顔が映る。
 驚いておふみ上を仰ぐ。
 右門小柄を抜いて投げてやる。
 おふみその小柄を握りしめた。

44=お類の室
 此処も(屏風その他凝って下さい)
 勿論四畳半の感じです。お類待っています。

45=お兼の室
 お兼さん、室の隅の鏡を取り出して御化粧に余念が無い。

46=本堂
 和尚が今度は男達に、
T「拙僧が今、御教え致しました室に」
 と云って、
T「貴女の想う御婦人が、貴下の来るのを待って居られます」
T「御仏が御許しなされたのです」
T「勇敢に御進みなさい」

47=門前
 伝六の率いる捕方の一隊ひしひしと詰めかけた。

48=例のお類の室
 人の気配にお類固くなる。襖を開いて現れたのが和尚である。驚くお類。

49=お兼の室
 襖を開いて現われた伊吉、お兼を見て驚く。お兼は大満足です。

50=おふみの室
 覆面の侍(太郎左衛門)が襖を開いて入って来る。おふみそっと小柄を隠して、
T「遅いよ色男」
 「えっ」
 と驚く太郎左衛門。
 おふみが、
T「あたしのいい人、今現れてもう消えちゃったわ」
 と言って、
T「仏さまもまんざら嘘はつかないものね」
 太郎左衛門一寸出鼻をくじかれた態。

51=二階の密室
 「ではそろそろ」と一同御膳を横へ押しやると其処に穴がある。
 其処から覗くのである。
 敬四郎その通りやり出す。右門その間に立ち上って去る。
 敬四郎下を見ると、

52=お類の室
 和尚お類を口説いて居ります。
T「仏様が御決めなされたのじゃ」
 と云って、
T「拒むと罰が当りますぞ、罰が」
 と様々の手練手管を用いて居ります。

53=密室
 二階の敬四郎センセイ、
 「此奴は面白い」
 と大喜び。

54=玄関
 右門下りて来て門前に待たせてある伝六に合図する。

55=密室
 敬四郎今度は右門の去った後を覗くと、

56=おふみの室
 おふみに挑みかかる覆面の太郎左衛門、小柄で額を切られてアッとのけぞる。おふみ、室中の物を太郎左衛門に投げつける。

57=密室
 敬四郎この大活劇にすっかり有頂天で悦にいる。隣の奴に、
T「此処が面白う御座るぞ」
T「では交代致そう」
 で今度は隣を覗く。そこは、

58=お兼の室
 お兼が盛んに伊吉を口説く。
T「拒むと罰が当りますぞ」

59=二階
 敬四郎お兼とは知らずに大喜びで見て居ます。
 処が、お兼が此方を向いた。敬四郎、
 「アレッ」
 と驚く。
 「家内じゃ、女房じゃ」
 で慌て出した。
T「不義者ッ」

60=下の室
 お類と伊吉、その声にキョロキョロと辺りを見廻す。
 敬四郎尚も大声で、
T「離縁じゃ、今日限り離縁する」
 下ではウロウロして居ります。その時

61=玄関
 雪崩れ込む捕方の一隊、寺中は大混乱の巷と化します。
 結局、
 結城左久馬と坊主の浪之助とお類、覆面の太郎左衛門、おふみ等は到々逃げてしまう。馬鹿を見たのは敬四郎夫婦です。
 ふん捕まって「違う俺だ俺だ」
 と叫んで居る。
 伊吉は逃げて行く浪之助とお類の姿を見て後を追う。
                  (F・O)

62=(F・I)舟宿於加田の表――
 浪之助に連れられたお類が逃げ込む。追って来た伊吉続いて入ろうとして、お内儀にとめられた。
T「お類さんがッ」
 「来ている筈だ」
 「そんな御方は来て居りません」
 「いま見たんだ」
T「早く帰らぬと御主人様が心配なさる」
 とお内儀を押しのけて入る。

63=内部
 一室の襖がガラリと開くと室の中には浪人浪之助。宿の着物を借りて坐って居る伊吉が、
 「お前さんは?」
 浪之助が、
 「今の寺の和尚様さ」
 伊吉ふと室の隅にぬいであるお類の着物を見て、
T「お類さんを何処へ隠したんだ」
 浪之助が「冗談言うねえ」
T「隠しゃしねえよ」
 風呂へ入ってらァ、
 と云う。
 伊吉
T「お類さんを返して呉れ」
 「返す? 馬鹿な事」
 と浪之助。
T「あれァ俺の女房さ」
 伊吉次ぎの室に入ろうとする。浪之助引戻して蹴倒しさんざんな目に会わす。其処へ風呂上りのお類入って来て、
 「おや何うしたのさ」
 「お、お類さん」と伊吉。
T「この青二才がお前を返して呉れとよ」
 お類がフンと冷笑する。伊吉呆然。
T「嫌な奴ね」
 と、お類浪之助にしなだれ掛かる。伊吉怒って立ち上る。又蹴られた。

64=表
 伊吉蹴り出された。無念の涙で立ち上り、とぼとぼと帰る。窓格子の障子が開いてお類が呼び止めた。冷笑を浮べ乍ら、
T「いいお湯が沸いてるよ」
T「一風呂浴びてお帰りよ色男」
 伊吉口惜し涙。笑うお類と浪之助。
                  (F・O)

65=(F・I)生島屋
 まだ戸が閉って居る。朝です。取り乱した姿の伊吉が帰って来る。入口の戸を開けようとすると、主人の太郎左衛門が首を出す。
 伊吉ハッとなる。
 (額に傷を
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