右門捕物帖 三十番手柄 帯解け仏法
山中貞雄

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)於加田《オカダ》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)深川船宿|於加田《オカダ》

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(例)[#場面設定の表題、及び「T」で始まる最初の行以外は、1文字下げた位置で頭を揃える]
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[#場面設定の表題、及び「T」で始まる最初の行以外は、1文字下げた位置で頭を揃える]
[#(F・O)は下揃え]

1=(F・I)呉服屋生島屋太郎左衛門の表
 表の暖簾。娘のお類さん乳母をつれて今御出掛けです。乳母が履物をそろえてる間に彼女帳場の方をちらと見ます。手代の伊吉が忙しそうにそろばんを弾いている。

2=表
 お類その儘出て行きます。入れ違いにあばたの敬四郎の妻女お兼さんが店へ入ります。
 「いらっしゃいませ」と手代の伊吉。

3=生島屋の附近
 川端で土蔵の白壁が見えて居て柳の木が一本ある。お類此処まで来て立ち止る。人待ち顔。

4=生島屋店先
 お兼さんの前に伊吉反物を色々並べます。
 お兼中年増の図々しい、いやらしさで伊吉を見ます。余りしげしげ見られるんで伊吉一寸テレます。

5=附近
 お類待ってます。乳母に「お前見といで」と言ってます。

6=生島屋表
 お兼さん買物を済まして出て行きます。
 乳母が戻って来ると伊吉が得意先でも廻る恰好で出て来る。
 乳母が「早く」と目顔で……伊吉急ぎ足に近づく。乳母が「待ってらっしゃいますよ」と言って置いて日傘を取りに店へ戻る。背後の板塀に戯書がある。相合傘の下に、
 いきち、おるい
 その戯書の大写からO・Lして、

7=元のお類の待っていた処
 お類と伊吉のラブシーンです。
T「あんたとの事兄さんに話したら」
 とお類です。伊吉が、
T「許して下さいましたか?」
 お類が、
T「兄さんは、あんたの妹さんをお嫁に欲しいんだッて」
 えッと伊吉、
T「御主人様がおふみを?」
 伊吉返答に困った。
T「そうしたら妾をあんたのお嫁さんに呉れてやるって」
 伊吉困った。
 乳母が日傘持って帰って来た。伊吉それと見て話をやめる。お類が、
T「妹さんと相談しといてね」
 と乳母と共に去る。その前を一人の娘が通り掛った。
 よウ似てるけど、と言った顔で立ち止りました。
T「兄さんじゃ無い?」
 へッと伊吉。
 「おふみか?」
T「何考えてんの?」
 と伊吉、
 「いや何でも無いさ」
 その傍を通り掛かったお侍、結城左久馬(相当大身である)。供の若侍二人を見返って「あの女」と言う。おふみの事である。美人じゃ喃と言った顔で見惚れた。
                  (F・O)

8=(F・I)とある境内の茶店
 朝である。
 床几の隅に腰掛けておふみが考え込んで居る。
T「何を考え込んで居るんだい」
 おしゃべり伝六が立ち止って訊ねました。おふみ、
T「まあいい処へ、休んでいらっしゃいな」
 伝六腰を下ろした。
 結城左久馬、若侍五六を伴ってやって来たが、茶店の伝六とおふみを見て立ちどまる。左久馬供侍に、
T「あの女、虫がついている喃」
 その侍がハッ仰せの通り。左久馬が、
T「苦しうない、あの虫踏みつぶせ」
 若侍心得て去る。伝六におふみ話す。
T「あたし、はっきり断ってやったの」
 もったいねえと伝六。
T「しかし生島屋は金持だぜ」
T「嫌ね此の人は」
T「あたし金持は大嫌い」
 と言って、
T「それでね兄さんとても悲観していたわ」
 そうだろうと伝六。おふみが、
T「ひょッと兄さん変な気を起して」
T「川へはまるか首をつるか」
 成る程と伝六。
T「それが心配なの」
 とおふみが言ってる時、前を通り過ぎる娘二人、
T「厭なもんね土左衛門ッて」
 えッとおふみ胸騒ぎがします。伝六が、あのもしと呼び止めた。振り返った娘に、
T「見たんですか土左衛門を?」
 えーと娘が、
T「たった今其処の橋の下で」
 伝六が、その土左衛門、
T「男ですか?」
 えーと娘達――おふみ心配だ。伝六が慌て出した。
T「一ッ走り見て来るぜ」
 伝六走って――

9=鳥居の処で
 出会い頭に衝突してひッくり返った。
T「無礼者ッ」
 と叫んだのが結城左久馬の連中。侍の一人が伝六の首筋掴んだ。
 あばたの敬四郎と子分の松公が通りすがりに之を見る。

10=茶店
 仕出しが二人三人口々に「喧嘩だ」と叫んで走って行く。
 其処へ敬四郎が来て腰を下す。おふみ「何ですの?」敬四郎が、
T「喧嘩さ」
 と言って、
T「可哀そうに伝六の奴」
 「へッ」
 おふみ驚いた。遠くワイワイ騒いでる群集(五、六カット程で)カメラ近寄ってその人垣の中から悲鳴が聞える。
T「お助け――」
T「人殺し――」
 おふみ心配で走って来た。敬四郎ものこのこ戻って来た。
 おふみ敬四郎に、
T「助けて上げてッ」
 敬四郎ニヤッとして、
T「ワシの言う事きいて呉れるか?」
 えッとおふみ、
T「どんな事?」
T「どんな事てそりゃお前」
 と敬四郎。
 その時――
 人垣が崩れて侍が一人フラフラにされて逃げて来る。続いて二人三人四人。後から向う鉢巻の伝六が大威張りです。
 おふみ喜んだ。
T「伝六さんよー」
 おふみ、
T「大丈夫?」
 伝六が、
T「心配すんねえこの伝六のうしろには」
T「右門の旦那が控えてなさらァ」
 その右門、結城左久馬を曳きずって現れた。左久馬散々な目にあって逃げて行く。
 大喜びのおふみ、ふと思い出して伝六に、
T「土左衛門は」
 伝六がアッ、
T「其奴忘れてた」
 で慌てて走り去る。
 (敬四郎のギャグを考える事)

11=橋の上
 仕出し二三人欄干から下を見て居る。川端に土左衛門が置かれてある。検視の捕方と仕出し若干、死体を取り巻いて立って居る。其処へ伝六走って来た。

12=茶店
 おふみと右門が待って居ます。
 伝六帰って来たおふみに、
T「土左衛門は船頭だったよ」
 と言う。右門が微笑んで、
T「河童の川流れか」
T「へッ」
 と伝六。右門が、
T「水の上でおまんま喰ってる船頭が」
T「違いねえ」
 と伝六。
T「船頭が水に溺れる筈がねえ」
 右門無言で立ち上る。
 傍でこれを聞いて居た敬四郎が又乾分の松と共に走り去る。
                  (F・O)

13=(F・I)以前の橋の処
 土左衛門を調べる右門主従と敬四郎。
 右門が、
T「絞め殺されたのだ」
 「えッ」と敬四郎吃驚する。
 人垣の背後で死体を覗き込んで居た一人の船頭がある。死体を一目見て、
 「アッ」
 と叫んだ。
T「罰が当ったんだ」
 その声に右門船頭を見る。船頭急ぎ去る。
 右門が伝六に、逃がすな、と言う。
 敬四郎も慌てて立ち上る。船頭、自分の舟に乗ろうとして居る。「伝六待てッ」と走って来た敬四郎伝六を突きのける。松公舟に飛び乗る。敬四郎続いて飛び乗ろうとして川へ落ちる。松公慌てて手を差し出す。その手を敬四郎掴んだ。
 松公も又ドブーン。船頭舟を出す。伝六慌てて「待てッ」船頭の舟逃げる。
 右門伝六に命じて別の舟で追っ掛ける。
 逃げる舟を追う右門の舟追っ掛け若干あって、

14=別の橋の附近
 伝六やいのやいの。
T「待てと言ったら待たねえか」
 逃げる船頭が、
T「人に喋るとあの男の様になります」
T「罰が当ります、罰が」
 その舟が橋の下へ来た時、
 橋の上の欄干に凭れた深編笠の侍が居る。
 その侍の足許の大きな石。
 船頭の舟がその真下を通る。
 侍が石を蹴落す。追って来た舟の上の右門「アッ」と叫んだ。船頭が顔中血だらけになってブッ倒れた。
 橋の上を――逃げる深編笠の侍。
 右門、伝六に追えと命じ、己れは船頭の舟に飛び乗る。川端を逃げる深編笠の侍。
 伝六舟を岸へ着けて川端を追う――
 右門船頭を抱き起した。船頭が断末魔。
T「罰が当ッたんです、罰が」
 と言った。
 川岸――
 逃げる深編笠を追う伝六。
 敬四郎と松公、裸で着物を乾して居る。

15=川端の寺のある処
 深編笠の侍は其処の土塀を飛び越えて姿を消す。伝六チラと其の姿を見て、続いて寺院の中へ忍び込む。

16=墓場
 伝六探し廻る。編笠が其処に落ちて居る。二三間離れて例の侍の着て居た羽織が落ちて居る。

17=本堂
 伝六本堂へ忍び込む。和尚が本堂の中央に黙然と坐して居る。伝六「もしッ」と声を掛けたが和尚返事もしないで黙祷を続けている。伝六少し怒って「オイッ御用だ」と叫ぶ。
 和尚ジロリと伝六をにらんだ。
 伝六十手を示して、
T「少しお訊ねしたい事があるんですがね」
 和尚が、
T「寺社奉行様への手続を踏んで参られたか」
 伝六返答に困った。
 和尚ニコッともせずその儘読経を続ける。伝六取りつく島も無い。
 その手には編笠と羽織。
                  (F・O)
18=(F・I)右門宅
 編笠と羽織を調べる右門。羽織の袂の裏を返すと隅に白糸三筋縫い込んである。右門伝六にそれを示して、
T「この羽織は生島屋の仕立だ」
 と言って、
T「あそこで縫った品ァこの通り」
T「袂の裏に白糸を三筋縫い込んである」
 成る程と伝六感心した。
                  (F・O)
19=(F・I)生島屋の店先
 表で敬四郎と松公が様子を窺っている。
 店先では右門と伝六が例の羽織を見せて、主人太郎左衛門や手代の伊吉に訊ねている。
 主人の太郎左衛門が、
T「確かに私どもで仕立てましたもの」
 右門が、
T「註文主ァ誰じゃ」
 伊吉が帳面を繰って、
T「八丁堀の村上様」
 右門が、
T「村上?」
 表で聞いて居た敬四郎と松公。
 それさえ聞けばとそろそろ歩き出す。
T「村上……と聞いた事のある名前ですが」
 ウンと敬四郎。
T「村上ケーシロー」
T「村上敬四郎?」
T「馬鹿」
 と敬四郎今気がついた。
T「わしじゃ、わしの名前じゃ」
 で、引き返す。

20=店
 伝六も思い出して大笑いです。
T「あば敬にも村上ッて歴とした苗字があるんですね」
 其処へ敬四郎が現れた。
T「身共買った覚えはないぞ」
 伊吉がいいえ、
T「村上様のお内儀様で御座います」
 「なんじゃ家内が?」
 と敬四郎、慌てた。
 右門が、
T「早速貴殿の奥方様にお目に掛りましょう」
 敬四郎が驚いて、
 「いいや」
T「身共の家内は身共が調べる」
 右門が、
 「では」
T「拙者もお立合致します」
 と言われては敬四郎も、
 「勝手にさッしゃい」という他なし。
                  (F・O)

21=(F・I)敬四郎宅内部
 敬四郎、妻お兼を調べて居る。敬四郎が例の羽織をお兼に突きつけて、
T「誰に断ってこんなものを買ったのじゃ」
 やいのやいのとせめられてお兼オロオロ泣き出した。泣かんでもよい。
T「誰に呉れてやったのじゃ誰にッ」
 お兼泣いて返事もしない。
T「何とか申さんか」
 お兼が、
T「喋ると罰が当ります」
 「罰が当る?」
 どうも敬四郎には合点がゆかぬ。
T「強情な奴出て行けッ!」
T「離縁じゃッ」
 まーと今迄泣いていたお兼さん怒った。
 シツレーなこの人はッ、
T「私のヘソクリで私が買ったのが何故悪いのです」
 形勢が逆転して来た。右門と伝六の微苦笑。
 お兼、
T「誰に差し上げようと私の勝手ですッ」
 敬四郎タジタジです。
 「そ、そう怒るな」
 「いいえ怒ります」
 とお兼。
T「出て行けと仰しゃれば出て行きます」
 たッた今出て行きます。で立ち上って次の室へ行く。
 敬四郎が心配して、
 「コレコレ怒るな」
 で後を追う。

22=隣室
 お兼、敬四郎のとめるのもきかず箪笥から着物を出します。
 右門と伝六そッと覗いて見ると、
 敬四郎、お兼の前にペコペコ頭を下げて、
 「ワシが言い過ぎた。謝る、謝る」
 ダ
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