武士道の山
新渡戸稲造

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)此処彼処《ここかしこ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)峻険|崎嶇《きく》たる

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ]〔一九〇七年八月一五日『随想録』〕
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 武士道は斜面緩かなる山なり。されど、此処彼処《ここかしこ》に往々急峻なる地隙、または峻坂なきにしも非《あ》らず。
 この山は、これに住む人の種類に従って、ほぼ五帯に区分するを得べし。
 その麓に蝟族する輩は、慄悍なる精神と、不紀律なる体力とを有して、獣力に誇り、軽微なる憤怒にもこれを試みんと欲する粗野漢、匹夫の徒なり。彼らはいわゆる「野猪武者」にして、戦時には軍隊の卒伍を成し、平時には社会の乱子たり。
 更に歩を転ずれば、ここに他種の人の住するを見る。山麓叢林の住民よりも進歩したる一階級の民なり。彼らは獣力に荒《すさ》まず。野猪の族と異りて、放肆《ほうし》なる残虐また悪戯を楽しみとせずといえども、なおその限られたる勢力を行わんことを喜びとなし、傲岸《ごうがん》尊大にして、子分に対しての親分たるを好む。その最も快とするところは、自己の威信あるを感ずること、即ち人より服従せらるる事なり。最も彼れを憤懣せしむるものは、その権力の侵害せらるること、即ち抑圧を蒙ることなり。彼らは戦場に在りては勇敢なる下士となり、平時には最も厭《いと》うべき俗吏となる。
 この類の住地よりも高くして更に一帯あり。その住民は、野獣的にもあらず、また傲慢にもあらず。多少の学術を愛し、書を読み――多くは経済法律の初歩を学びて、しかして喋々《ちょうちょう》大問題を論ず。その眼界は法律政治の外に出《い》でず。その文学は小説と三文詩歌とに限られ、科学は新聞紙上にて読むものの以外に少しも留意せず。彼らの態度は、「野猪」の粗野と、彼らの直下にある者の厳峻とを脱して、その仲間の者には便安に、上級者に対しては窮屈に、下級者に対しては威張る。彼らは真髄武士道の新参者と称すべく、その数や多大なり。彼らの中よりして軍隊の将校を出し、また政府の事務を掌《つかさど》るの公吏を出す。
 更に高き処《ところ》に一地区あり、ここには武士中高等なる階級の者繁栄し、軍隊の将軍と、日常生活に於ける思想行為の指導者とを有す。下
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