リした意識をとり戻し得るだけの余裕を、十分私に与へてやると云ふ風に暫《しばら》く黙つてゐた。で、流石《さすが》に私も寝床に執着してゐる自分が恥ぢらはれて、目を見開いて了《しま》はうとするのだつたが、固く閉ぢられてゐた私の瞼《まぶた》は、直ぐには自分自身の自由にもならなかつた。ともすると兄の寛大に甘えて危く眠り落ちさうになつてゐた。
「起きろよ」
突然に又兄の鋭い声がした。劫《おびや》かされたやうに、私は枕から顔を放して、兄の顔を視守《みまも》つた。二言三言眠り足らない自分を云ひ訳しようとでもする言葉が、ハツキリした形にならないまま鈍い頭の中で渦《うづ》を巻いてゐた。
「いま――何時なの」
やがて、かう訊《き》いたのだ。が、併し、兄はそれには答へなかつた。私は一寸てれて机の上の置時計を見た。七時半であつた。
「二時間位しか、眠りやしない……」
私は半分寝床から体を這《は》ひ出しながら、口を尖《とが》らせながら、呟《つぶや》くやうに云つた。さう云ふ私を、兄は非難しようとさへしなかつた。
「兎《と》も角《かく》起きろ。――起きて、着物を着かへてキチンと帯をしめろ、たいへんなことになつた
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