鞠唄や妹が日南の二三尺
から/\と切凧走る河原かな
藪入の昼寝もしたり南縁
きぬ/″\や薺に叩き起されつ
病中新年
寝て聞けば知る声々の御慶かな
子規を訪ひて
病む人も頭もたぐる御慶かな
春の部
初東風や富士に筋違ふ凧
仙人や霞を吸ひて寝つ起つ
道尽きて松明振るや雪解川
春雨や酒を断ちたる昨日今日
春雨に杉苗育つ小山哉
浅茅生の宿と答へて朧月
朧夜の雨となりけり渡月橋
小蔀に人のけはひや春の月
片側に雪積む屋根や春の月
陽炎や石の八陣潮落ちて
陽炎や掘り出す石に温泉の匂ひ
桶に浮く丸き氷や水ぬるむ
子鴉や苗代水の羽づくろひ
春寒の白粉解くや掌
梅ちりて鶴の子寒き二月かな
永き日や花の初瀬の堂めぐり
伐り出す木曾の檜の日永かな
寒食の膳棚に吹く嵐かな
掃き溜の草も弥生のけしき哉
陀羅尼品春の日脚の傾きぬ
暖かやかちん汗かく重の内
脱ぎ捨てし人の晴着や宵の春
春の夜の鳩のうめきや絵天井
行春の鴉啼くなり女人堂
夏近き吊手拭のそよぎかな
山畑は月にも打つや真間の里
銃提げて焼野の煙踏み越ゆる
摘草の約あり淀の小橋まで
一畑は接木ばかりの昼淋し
文使を待たせて菊の根分かな
乞食の子も孫もある彼岸哉
踏青や裏戸出づれば桂川
古雛の衣や薄き夜の市
盃の花押し分けて流れけり
堀止めのこゝも潮干や鰌掘り
出代りて此処に小梅の茶見世かな
涅槃繪の下に物縫ふ比丘尼哉
曇る日や深く沈みし種俵
衣桁にも這ふ蚕に宮の御笑ひ
行雁や射よげに飛んで那須の原
あちこちと鶯飛ぶよ芝広し
鶯や折り焚く柴に夜を啼く
二羽打ちて啼かずなりたる雉子哉
柳鮠かき消すごとく散りにけり
汁椀に大蛤の一つかな
雲雀落つ影も夕日の田毎哉
子雲雀や比叡山おろし起ちかぬる
苗代の水の浅さよ蛙の背
野の梅や折らんとすれば牛の声
垣越えて梅折る人や明屋敷
夕日や納屋も厩も梅の影
灯ともして夜行く人や梅の中
荷車の柳曳きずる埃かな
うたゝ寝の覚むれば[#「うたゝ寝の覚むれば」は底本では「うゝた寝の覧むれば」]桃の日落ちたり
奈良坂や桜に憩ふ油売
さくら折つて墓打ちたゝく狂女かな
北面に歌召されけり梨の花
足伸べて菜の花なぶる野茶屋哉
菜の花の行きどまりなり法隆寺
躑躅ぬけば石ころ/\と転がるよ
京都へ嫁入る女子に
暖き加茂の流れも汲み習へ
亡児惟行が記念の帛紗に
為山が藤の花画きたれば
行き行きて行くこの春の形見かな
夏の部
大刀根の泡や流れて雲の峰
池に落ちて水雷の咽びかな
夕立や石吹き落す六合目
五月雨や蓑笠集ふ青砥殿
五月雨の合羽すれあふ大手かな
蓑を着て河内通ひや夏の雨
清水ある家の施薬や健胃散
雨雲の摩耶を離れぬ卯月かな
大沼や蘆を離るゝ五月雲
短夜や蓬の上の二十日月
短夜の麓に余吾の海白し
午睡さめて尻に夕日の暑さかな
涼しさや月に経よむ一の尼
更へ/\て我が世は古りし衣かな
新茶煮てこの緑陰の石を掃ふ
矢車に朝風強き幟かな
灌仏やはや黒々と痩せ給ふ
大団扇祭の稚児をあふぎけり
滝殿に人ある様や灯一つ
折り/\は滝も浴み来て夏書かな
蓬生の垣に蚊遣す女かな
古庵や草に捨てたる竹婦人
百の井に掘りて水なし雨を乞ふ
一杓は我も飲みつゝ打つ水よ
波立てゝ持ち来る鉢や冷奴
時鳥左近の陣の弓の数
月がさす厠の窓や時鳥
貰ひ来る茶碗の中の金魚かな
老い鳥や己が抜羽を顧る
古御所の蓬にまじり牡丹かな
荒れ寺や塔を残して麦畑
萍の泥にたゞよふ旱かな
一八の東海道も戸塚かな
下闇を出づれば鶏の八つ下り
玉葛の花ともいはず刈り干しぬ
秋の部
聴衆は稲妻あびて辻講義
朝露や矢文を拾ふ草の中
暁や鐘つき居れば初嵐
我声の吹き戻さるゝ野分かな
税苛し莨畑の秋の風
三日月や仏恋しき草枕
三日月に女ばかりの端居かな
月の船琵琶抱く人のあらはなり
横雲やいざよふ月の芝の海
古妻の昔を語る月夜かな
空家に下駄で上るや秋の雨
初潮を汲む青楼の釣瓶かな
山の井や我顔うつる秋の水
提灯で見るや夜寒の九品仏
山越や馬も夜寒の胴ぶるひ
堂島や二百十日の辻の人
我が描きし絵に泣く人や秋の暮
行秋の石より硬し十団子
下京や留守の戸叩く秋の暮
七夕を寝てしまひけり小傾城
押し立てゝはや散る笹の色紙哉
呼びつれて星迎へ女や小磯まで
屋根越しに僅かに見ゆる花火かな
小袴の股立とつて相撲かな
小角力の水打つて居る門辺かな
魂棚の前に飯喰ふ子供かな
草分けて犬の墓にも詣でけり
墓拝む後ろに高き芒かな
草市の立つ夜となりて風多し
通夜の窓ことり/\と添水かな
提げて行く燈籠濡れけり傘の下
酔顔の況や廻燈籠かな
踊るべく人集まりぬ月の辻
月ももり雨も漏りしを蚊帳の果
つゞくりの遂に破れて秋の蚊帳
巻きかへて又打ち出だす砧かな
摂待に女具したる法師かな
鳩笛も吹きならひけり湯治人
吹くうちに鳩居ずなりぬ野の曇り
綿取りに金剛山の道問ひぬ
山宿や軒端に注ぐ落し水
豹[#「豹」は底本では「豺」]と呼んで大いなる蚊の残りたる
桟橋に舟虫散るよ小提灯
蜩や千賀の潮竈潮さして
宵闇や鹿に行き逢ふ奈良の町
初雁や襟かき合す五衣
眼白籠抱いて裏山歩きけり
大寺の屋根に落ちたる一葉かな
したゝかに雨だれ落つる芭蕉哉
芭蕉破れて雨風多き夜となりぬ
灯ともせば只白菊の白かりし
萱原にねぢけて咲ける桔梗かな
いさかひは木槿の垣の裏表
夜をこめて柿のそら価や本門寺
冬の部
凩の吹きあるゝ中の午砲かな
折りくべて霜湧き出づる生木かな
初霜をいたゞきつれて黒木売
もてあます女力や雪まろげ
大雪の谷間に低き小村かな
月寒し袈裟打ち被る山法師
古塚や冬田の中の一つ松
萩窪や野は枯れ果てゝ牛の声
初冬の襟にさし込む旭かな
小春日の山を見て掃く二階かな
湖を抱いて近江の小春かな
釜に湧く風邪の施薬や小春寺
冬の夜や小犬啼きよる窓明り
僧定に入るや豆腐の氷る時
耳うとき嫗が雑仕や冬ごもり
書を積みし机二つや冬ごもり
門前の籾を踏まるゝ十夜かな
横はる五尺の榾やちよろ/\火
古蒲団縄にからげていた/\し
繕ひて幾夜の冬や紙衾
炭焼の顔洗ひ居る流れかな
風呂吹の一切づゝも一句かな
顔見世や病に痩せて菊之丞
寒声は女なりけり戻り橋
有明や鴛鴦の浮寝のあからさま
鮟鱇の口から下がる臓腑かな
茶の花をまたいで出でつ墓の道
から/\と日は吹き暮れつ冬木立
樹にかけし提灯一つ師走かな
大年の両国通ふ灯かな
煤掃や庭に居並ぶ羅漢達
暁や見附出づれば餅の音
忘れけり四十九年の何とやら
[#ここで字下げ終わり]
底本:「鳴雪自叙伝」岩波文庫、岩波書店
2002(平成14)年7月16日第1刷発行
底本の親本:「鳴雪自叙伝」岡村書店
1922(大正11)年刊
※底本には、各章冒頭に岩波文庫編集部が付記した見出しがありますが、省きました。
※底本には、一部旧字が使われていますが、そのままとしました。(鐵、龍、燈、繪)
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号1−5−86)を、大振りにつくっています。
※附録の俳句の誤りは、近代デジタルライブラリー(http://kindai.ndl.go.jp/)の「鳴雪句集」にて確認しました。
入力:kazuishi
校正:Juki
2009年5月1日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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