れを有馬藩邸に対した横町の裏門の石橋の下へ隠して置いた。この裏門のあった所は、綱坂《つなさか》という坂で、昔渡辺綱が居たという処である。間もなく彼は召捕られて屋敷内の牢屋へ繋がれたが、一夜食物の差入口から一つの柱をこわして『牢抜《ろうぬけ》』をした。よほど無理に抜けたと見えて、柱の釘に肉片が附いていた。そんな事にひるまず彼はその足で直ちに私のうちへ忍込んだのであった。盗み出したのは納戸にあった小箪笥《こだんす》で、その中から雑用金と銀金具物《ぎんかなぐもの》などを取り箪笥は屋敷内へ棄てて行った。
 そこで藩にも差置けぬというので幕府の捕手《とりて》の手を借りて召捕ってもらう事にした。もとより公然幕府の手を借りるという事は手数のことだから、ないないで捕手に物をつかって頼んだのであった。かかる者の徘徊するのはまず吉原であるから、捕手は吉原を探っていると、或る青楼の二階へかの男が上がろうとしている所を見つけた。彼は見附かったと知って巧に影を隠した。すると捕手は直ちに品川へ向って、そこの廓《くるわ》で捕えた。北から逃げた者は直ちに南に向うという捕手の見込が中《あた》ったのである。そして暫く屋敷
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