てあって、かの備後三郎|高徳《たかのり》の父であるから、さてはここらで戦死したのであったかなどと思いつつ見て過ぎた。
明石の町へ来ては、ちょっと傍道へ入ると人丸の社があるのだが、参詣もせなかった。このあたりから私は次第に熱気が発して来て、もう歩くことなどは苦しいから、城下の出放れの立場で、例の荷馬を雇うて乗ることにした。この馬へ乗る時片足に非常な疼痛を覚えたので、そのまま床几の上へ転がって暫く苦悶していた。僕や他の人々は馬が噛んだのかと思って心配したがそうではなかった。足を高く揚げたのが少しく無理であったと見えて、かくの如き疼痛を発したのである。これもその時が初まりで今以て時々少しく足を無理に捻るとほぼ二、三分の間非常な痛みを発する。折々にその話をして見るが他の人にはそんな事があるというを聞かぬ。転筋などといって苦しむ事もあるがそれとも違う。けだし筋肉から神経に与える痛みであろうかとも思われる、して見れば甚だしい神経痛を瞬間だけ起すものといってもよかろう。これも明石の城下外れに遺した一つの追憶である。
有名な須磨明石の浜辺も、馬の上で熱に浮かされながら、夢うつつの間に通過した。折々
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