方面の家政を取扱う人々が居るので、まずそこへ行ってこの度の取調の事件について充分に話もしていよいよ着手せしむる事になった。またこの取調のため、松山でも残りの老人二、三に嘱托者が出来た。けれども明治の初年と違って偶々あった材料も子孫の世となっては、反古にしてしまったものもあって、辛うじて集ったものも充分なものでなかった、がまずそれらを謄写するとか貰い受けるとかを、松山の掛員へ托して置いて、そして私は帰京した。この松山行きは十三年に出京してから二度目であったが、段々と知人も物故して、今昔の感も尠くなかった。
 この松山行の途中私は京都へ立寄った。それは同郷の河東碧梧桐氏、高浜虚子《たかはまきょし》氏が子規氏の帰省の機会から俳句を作り始めて、その後大学へ入る目的で京都の第三高等中学校の生徒となっていて、一層俳句を作って、二人ながら発達も速かだという事を、兼て子規氏から聞いていたので、私も懐しく思ってそれを高等中学校前の吉田町の下宿に訪ねたのであった。尤も汽車に乗る事を急いだので、僅か半日ばかり俳談をして、互に句作などをもしただけで、直に二氏と別れた。それからまた帰途にはこの京都へ立寄ったが、その時は二氏には逢わないで、これも同郷の俳人で岩崎宗白氏というを訪ねるためであった。この人は松山城下で錦雲舎という菓子屋の主人であったが、茶事も裏千家の高弟で、また俳句は大阪の芹舎の門人であったので、廃藩後は京都へ住居して水力応用の紡績機械を販売する、傍ら茶と俳諧の宗匠をも兼ねる事になった。そしてこの春頃東京へ来た際私の家には藩の頃出入した関係もあり、殊に俳句を始めた事を聞込だので、訪ねて来て、また私もその旅宿へ行った。そうして俳句についても談話を交したのみならずこの頃まで連句という事は、私どもの仲間でも余りせなかったのを、この宗白氏の口授でその方式を知り、終に席上で両吟をした事がある。そんな関係でこの松山の帰途には宗白氏を訪ね、翌日は氏を連れて嵐山辺へ遊んで、彼の二丁登れば大然閣へも詣でるし、少しばかり大堰川を舟で遡っても見た。その後帰京して後ちもこの人との俳事往復は時々する事になった。なお松山滞在中、宇都宮丹靖氏とか黒田青菱氏とかいう俳人にも出逢った。この丹靖氏は売卜業で八十以上の老人でもとよりいわゆる旧派である。青菱氏は松山では旧家と称する売薬商で、これも旧派たるは勿論だが、外に観世流の能楽も学んでいて、郷里では多くの人に知られていた。それから若手では村上|霽月《せいげつ》氏もこの頃から俳句を始めて、これは以前に東京へ出て書生をしていた頃、私が学校の証人に立っていた関係から、子規氏よりも私に俳句を示されたのが始まりで、度々往復をしていたから、この人とも出逢って俳句を作り逢った事がある。
 ツイいい洩らしたが、二十二年に私は三男和行を挙げた。
 ここでちょっと話を挟むが、子規氏の俳句を始めた頃は主として芭蕉一派の俳句を標本としていたのだが、椎の友会席上で蕪村の句の巧いという話が出た。けれどもそれは俳句題叢に載っているものの外見ることが出来ない。蕪村句集を探したけれどもちょっと手に入らない、ないというといよいよ見たくなるので、終に我々が申し合って、もしも蕪村句集を最初に手に入れたものには賞を与えるという事を約した。間もなく片山桃雨氏が蕪村の句の僅かばかり書き集めた写本を探し出したので、我々から硯一面を賞として贈った。後で聞けば大野洒竹氏の手にあったのを桃雨氏が借りたのであったそうな。しかし蕪村の多くの俳句は相変わらず見る事が出来なかった。そこへ或る時村上霽月氏の報知では、松山の古本屋で蕪村句集の上巻を手に入れたという事だ。私どもは驚喜してそれを貸してくれといってやったが、霽月氏も現本を貸すのは惜しいと思ったか、別に自分が写したのをさし越した。そこで一番に私がそれを写す、子規氏も次に写す、なお椎の友連へもそれを見せた。そうこうしているうち、誰かが告げるに、芝の日影町の村幸店に、蕪村句集の上下揃ったものがあるとの事であった。私は聞くとそのまま人力を雇って馳け付けたが、途中でももしそれが人手に渡りはせぬかと気遣いながら、その店へ行って聞くとまだあるといったので、実に天へも登る嬉しさであった。価もその頃では奮発であったが、二円で買い取って、帰ると直に披読し、その日に子規氏へも報知する、また椎の友会へも段々と告げて、我々一同がここに始めて久渇を医したのであった。が少数ながらも、最初に探し出したという賞は桃雨氏に帰していたから、私はもう賞を貰うことは出来なかった。けれどもその大得意は賞の有無を考えるどころではなかった。そうしてその下巻を直に写して松山の霽月氏に与えて、さきに上巻を見せてもらった報酬をした事である。ついでにいうが、蕪村句集を我々仲間がかく競い
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