に往来して俳句を作り俳談を闘わすのみならず、例の各派を合した会なども度々催して、その頃は多くが書生であるから、家を持った私どもの仲間が順番に会席を引受けて、ちょっとした飯と酒とを出す事になっていた。就中宇和島人の二宮兄弟は熱心であったから、その弟の孤松氏宅や、その兄の素香氏を通して仲間に入った桜井静堂氏宅と、私宅では、頻繁に開会した。そうして子規氏は何といっても先覚で中心点ではあるが、この頃いうデモクラシー的に何ら先生顔もしない、そしてわれわれも先生らしくは扱っていないのである。これが我々中間の俳句の特色で、今でも新傾向派などが起ったにかかわらず、この態度は同様である。この頃であった、美術家で有名なる岡倉覚三氏の厳父が俳句をやられるので、私はその俳席へも出た。また牛込の宗匠たる岡本半翠氏は、予て私が文部省の参事官であった頃の筆生であったが、計らずもそれがいわゆる旧派の宗匠であった事を、同人中の土居藪鶯氏から聞いて、この関係からこの半翠氏宅の俳句会へも行く事になった。この会も或る特色は持っていて、従来の運座では或る一枚の紙に題を書いてそれに順次に句を書きつけて折り込んで行く例であったが、どうかすると前の作者の句を見て、自分の参考にするような嫌いもあった、そんな弊を防ぐために、一題ずつに状袋をこしらえて、それへ順次に句を書いた紙片を入れて廻す事にした。この方式は半翠氏門下の発明であったという事で、会名を袋組と称していた。私どもは頗るそれをよい方法だと感じたから、その後は伊藤松宇氏が始めた互選法と共に、この状袋廻しの事をも真似する事になった。その後この方法は久しく行われていたが、袋を順次に廻せば苦吟家に停滞される憂いがあるから、遂には席の中央へ各題の状袋を投げ出して置いて、出来た者がその中へ句を入れる事に改めた。そこで我々の俳句は子規の発達と共に発達したのでその後は半翠氏等の旧派連と出逢う機会もなかったが、遥か年すぎて、私が牛込方面を通っていたら、或る婦人がよび留めて、私は岡本の妻であるが、今先生の通られた事を夫が知って是非御面会したいというから立寄ってくれという、そこでその家へ這入って見ると、半翠氏は病床に横わっていて、聞けば肺病らしかった。それでも私と逢った事を喜んで種々の俳談を交した。なんだか心細く名残惜しいような顔をしていたが、際限もないから私はそこを辞して出た。その後一年ばかり経て、岡本の門人だという人が私の宅へ来て、我師はもう去年亡って、今年は一周忌であるから追悼の句を貰いたいといったので、私も以前の事を思い出して感慨にうたれたから一句作って与えて弔意を表して置いた事である。
右は後の話であるが、二十六年の末ごろ、私は旧藩主の久松伯爵家から旧藩事蹟取調という事を嘱托せられた。これは二十一年頃、先帝の思召しで、三条公と岩倉公との事蹟を調べて置くようにとの仰せがあったので、それと共に維新の際いわゆる勤王党であった旧藩主が、右の両家と共に事蹟を調べる事になって、その結果二百六十の旧藩主華族諸家もこの調べをする事に御沙汰があった。けれども元々持出す事件があるならば持出せというような事であったから、それを調べぬ家々も多かった。が、私の旧藩主久松伯爵家では熱心にそれを調べられる事になってとても家職では暇がないという事から特別に私に嘱托せられたのである。なお旧藩の頃家老から大参事を勤めてその後は立憲進歩党の老人株で居た鈴木重遠氏も先輩として加わる事になった。この調べをする事蹟の範囲はもっぱら、嘉永年間米国船の渡来より、明治の廃藩までというのであって、久松家から宮内省へ差出さるる事蹟はそれだけなのであるが、いっその事この機会に松山藩の出来た以後の二百数十年間の事をも調べて置きたいという事で、これも私どもの担任する所となった。そうして宮内省からの需めにかかるものを甲種とよび、その他の事蹟を乙種とよんで、共に材料を集める事になったが、残念な事にはかつてもいった如く廃藩の少し前に、三ノ丸が火災に罹って、藩庁の書類は悉皆焼失してしまった。そこでこの上は旧藩地について個人の家々に残っているものを探し出す外はない、尤もこれらも、明治の初年に久松家から当時の老人連に嘱托して旧藩代々の君侯はじめ臣下や人民の特種な事蹟を調べさせられたものが、松山叢談という三十巻ばかりのものになっている。けれども惜いかな昔し気質の老人の手に成ったので、君侯の事歴こそかなり詳いけれども、その他は多く個人的の特種な行為が列記されているというのみで、肝腎な藩の政治法令とか民間の農業商業其他社会方面の事は殆ど全く調べられていない。そんな事から、この度私が嘱托を受けて見ると、それらの洩れたるものをもなるべく調べたいと思って、そのために松山へ赴く事になった。松山には従来久松家の松山
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