ていた。その後この薬丸家から他へ養子に行っていた者が、これもある事情で離縁されて帰って、これが一家を経営する事になるから、従って私も薬丸家の世話をせずとも済む事になった。
 愛媛県の学事は岩村県令が熱心に奨励せられるので、私もその下に出来るだけ勉強していた。その頃は文部省が、全国を五大学区に区分して、我県は広島、山口、岡山、島根の諸県と共に第四大学区に属していた。そこで他の大学区にもした事だが、同大学区内の聯合教育会というのを起そうという事になり、我県も承諾したので、明治十年一月県官を広島へ派遣する事になった。即ち広島がこの年の聯合教育会を開く位置に当ったからだ。そこで私は、学務課長の肝付兼弘氏と、外に師範学校長の松本英忠氏及前にいった派駐訓導の一人を率いて出張する事になった。この聯合教育会では、岡山県の学務課長加藤次郎氏というが洋行もした事があるというので、多くの人に知られていて最初の議長となった。けれども諸県の集り勢で、銘々勝手な意見などを立てるので、この加藤氏は、元気のよい替りに短気者であったから、度々怒鳴り付ける、一方には反動的にいう事を聞かないという風で、議場が度々騒いだ。そこへ私が巧く投じて双方を緩解したので、意外に衆望が私に帰して、二度目の議長選挙には私が議長となった。なお次の改選にも当選したのでいよいよ得意となって議場の整理は手に入って来た。ついでながらいうがその翌年は山口で同じ会が開かれて、この時も肝付学務課長と共に私が出張したが、やはり議長に推薦された。けれども、長人気質は、他県人の下に立つ事を嫌うので、殊更に反抗して議長を困らせるような事があったから、私は厭気になって、再度目の議長には山口県の学務課長落合済三氏を当選させる事を運動してそうさせた。その次の年は、岡山県下で同じ会を開かれたが、ここでは三度ながら、私が議長を勤めて別に騒ぎも起らずと済んだ。要するに、今日でもそうだが、諸県の教育当事者が、集ったといっても、別に何一つ仕出かす事もなく、多くは互に議論を闘わして半分は物知り自慢をするという位にとどまっていた。
 忘れもせぬがこの初度の教育会に、まだ広島に居る際、予て多少噂もあった薩州の私学党が、西郷を戴いていよいよ兵を挙げたという報知があった。それから帰県して見るともっぱらこの西南騒動の噂ばかりで、人心が恟々としていた。そのうち熊本城で賊を喰い止めたが、その与党が我県と海を隔ている大分県にも蜂起して、今にも我県へ攻め来りそうになった。しかのみならず、県下でも、宇和島、大洲方面には大分西郷に心を寄せる者もあって、少しも油断のならぬ状況になった。或る日警察課長の武藤某氏がこれから大洲地方へ出張するといって、部下を随えて行ったが、三、四日して帰った時は、多くの国事犯人を捕縛して来て裁判所の方へ引渡した。これは大洲と宇和島との不平党仲間で、大分県の蜂起すると共に、我県でもこれに応じねばならぬといって、密に兵器を貯えて、まず松山の県庁を襲撃するという事に申し合っていて、今やそれを実行せんとする際、武藤警察課長が入り込んで捕縛したのであった。銃器弾薬などは、その人々の家の縁の下などに隠してあったという事である。して見ると、一つ違えば県庁へ打ち込まれて、我々の県官もひどい目に遭うのであった。尤も県庁でも、何時事変が起るかも知れぬというので、多数の県官が、宿直する事になっていて、私も宿直の日は短刀位は用意し、なお元気を付けるために瓶詰の酒位は携帯していた。そんな事で学事は多少捨て置かるる事になったが、いつまでもそうしては居られぬというので、段々と学校の視察員も派遣されて、私は宇和島方面へ行く事になった。そこで、南宇和郡というは、大分県と海を隔てて相対する地方だが、そこの城辺小学校というを視察するため一泊していると、俄に騒がしくなって、今薩州方の軍艦が海岸へ着いたといって、荷物などを片付ける者もあった。そこで私も全く賊軍中に陥ったので、ひどい目に逢うだろうと驚いたが、逃るる路もない、刀を仕込んだ杖一本は携えていたけれども、実に心細い感がした。しかるに右の騒ぎは全く間違いであって、海岸に着いた軍艦は官軍の援兵で、大分県へ赴く途中碇泊したという事が分り、私もホット安心した。そのうち私の止宿している宿屋へも官軍の賄をせよといって来るし、そこらここらに往来する兵隊も見た。それが俄か製の粗末な小倉か何かの服で、鉄砲の外腰には長刀を佩びていた。これは例の抜刀隊に当る覚悟なので、多く、会津、仙台辺りの士族であった。そうして彼らは往年己れ等を賊として攻めた官軍の大将西郷が、今度はアベコベに賊となったから、復讐的に官軍となって征伐するという、或る敵愾心を持っていたのである。私はこんな事で、そこそこにこの地は引揚げた。なお宇和島から遥に隔
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