することは、神が何故に人間を、昆虫のように生態させてくれなかったかと言うのである。昆虫の生態は、幼虫時代と、蛹虫《ようちゅう》時代と、蛾蝶《がちょう》時代の三期に分れる。幼虫時代は、醜い青虫の時代であり、成長のための準備として、食気《くいけ》一方に専念している。そして飽満の極に達した時、繭を作って蛹《さなぎ》となり、仮死の状態に入って昏睡《こんすい》する。だがその昏睡から醒《さ》めた時、彼は昔の青虫とは似もやらず、見ちがうばかりの美しい蝶と化して、花から花へ遊び歩き、春の麗《うら》らかな終日を、恋の戯れに狂い尽した末、歓楽の極に子孫を残して死ぬのである。人間がもしそうであったら、アナトール・フランスの言うように、たしかに理想的であったろう。青年時代に、我々は多くの修業と勉強をせねばならない。その時我々が青虫だったら、性慾の衝動に悩ませられることもなくひたすら成長のための準備として、知識や技術の習得に努めることができるのである。そして準備が完成した時、一先《ひとま》ず蛹となって昏睡し、再度新しく世に出た時には見ちがうばかりに美しい肉体と旺盛な性慾を持ったところの、水々しい青春の男に化して
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