式
低き灰色の空の下に
軍艦の列は横はれり。
暗憺として錨をおろし
みな重砲の城の如く
無言に沈鬱して見ゆるかな。
曇天暗く
埠頭に觀衆の群も散りたり。
しだいに暮れゆく海波の上
既に分列の任務を終へて
艦《ふね》等みな歸港の情に渇けるなり。
冬の日沖に荒れむとして
浪は舷側に凍り泣き
錆は鐵板に食ひつけども
軍艦の列は動かんとせず
蒼茫たる海洋の上
彼等の叫び、渇き、熱意するものを強く持せり。
火
赤く燃える火を見たり
獸類《けもの》の如く
汝は沈默して言はざるかな。
夕べの靜かなる都會の空に
炎は美しく燃え出づる
たちまち流れはひろがり行き
瞬時に一切を亡ぼし盡せり。
資産も、工場も、大建築も
希望も、榮譽も、富貴も、野心も
すべての一切を燒き盡せり。
火よ
いかなれば獸類《けもの》の如く
汝は沈默して言はざるかな。
さびしき憂愁に閉されつつ
かくも靜かなる薄暮の空に
汝は熱情を思ひ盡せり。
地下鐵道《さぶうえい》にて
ひとり來りて地下鐵道《さぶうえい》の
青き歩廊《ほうむ》をさまよひつ
君待ちかねて悲しめど
君が夢には無きものを
なに幻影《まぼろし》の後尾燈
空洞《うつろ》に暗きトンネルの
壁に映りて消え行けり。
壁に映りて過ぎ行けり。
[#ここから5字下げ]
「なに幻影《まぼろし》の後尾燈」「なに幻影《まぼろし》の戀人を」に通ず。掛ケ詞。
小出新道
ここに道路の新開せるは
直として市街に通ずるならん。
われこの新道の交路に立てど
さびしき四方《よも》の地平をきはめず
暗鬱なる日かな
天日家竝の軒に低くして
林の雜木まばらに伐られたり。
いかんぞ いかんぞ思惟をかへさん
われの叛きて行かざる道に
新しき樹木みな伐られたり。
[#ここから12字下げ]
――郷土望景詩――
[#ここで字下げ終わり]
告別
汽車は出發せんと欲し
汽罐《かま》に石炭は積まれたり。
いま遠き信號燈《しぐなる》と鐵路の向うへ
汽車は國境を越え行かんとす。
人のいかなる愛着もて
かくも機關車の火力されたる
烈しき熱情をなだめ得んや。
驛路に見送る人人よ
悲しみの底に齒がみしつつ
告別の傷みに破る勿れ。
汽車は出發せんと欲して
すさまじく蒸氣を噴き出し
裂けたる如くに吠え叫び
汽笛を鳴らし吹き鳴らせり。
動物園にて
灼きつく如く寂しさ迫り
ひとり來りて園内の木立を行けば
枯葉みな地に落ち
猛獸は檻の中に憂ひ眠れり。
彼等みな忍從して
人の投げあたへる肉を食らひ
本能の蒼き瞳孔《ひとみ》に
鐵鎖のつながれたる惱みをたへたり。
暗鬱なる日かな!
わがこの園内に來れることは
彼等の動物を見るに非ず
われは心の檻に閉ぢられたる
飢餓の苦しみを忍び怒れり。
百たびも牙を鳴らして
われの欲情するものを噛みつきつつ
さびしき復讐を戰ひしかな!
いま秋の日は暮れ行かむとし
風は人氣なき小徑に散らばひ吹けど
ああ我れは尚鳥の如く
無限の寂寥をも飛ばざるべし。
中學の校庭
われの中學にありたる日は
艶めく情熱になやみたり。
怒りて書物を投げすて
ひとり校庭の草に寢ころび居しが
なにものの哀傷ぞ
はるかに彼《か》の青きを飛び去り
天日直射して 熱く帽子の庇《ひさし》に照りぬ。
[#ここから12字下げ]
――郷土望景詩――
[#ここで字下げ終わり]
國定忠治の墓
わがこの村に來りし時
上州の蠶すでに終りて
農家みな冬の閾《しきみ》を閉したり。
太陽は埃に暗く
悽而《せいじ》たる竹藪の影
人生の貧しき慘苦を感ずるなり。
見よ 此處に無用の石
路傍の笹の風に吹かれて
無頼《ぶらい》の眠りたる墓は立てり。
ああ我れ故郷に低徊して
此所に思へることは寂しきかな。
久遠に輪※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]を斷絶するも
ああかの荒寥たる平野の中
日月我れを投げうつて去り
意志するものを亡び盡せり。
いかんぞ殘生を新たにするも
冬の蕭條たる墓石の下に
汝はその認識をも無用とせむ。
[#ここから12字下げ]
――上州國定村にて――
[#ここで字下げ終わり]
廣瀬川
廣瀬川白く流れたり
時されば皆幻想は消え行かむ。
われの生涯《らいふ》を釣らんとして
過去の日川邊に糸をたれしが
ああかの幸福は遠きにすぎさり
小《ちひ》さき魚は瞳《め》にもとまらず。
[#ここから12字下げ]
――郷土望景詩――
[#ここで字下げ終わり]
虎
虎なり
曠茫として巨像の如く
百貨店上屋階の檻に眠れど
汝はもと機械に非ず
牙齒もて肉を食ひ裂くとも
いかんぞ人間の物理を知らむ。
見よ 穹窿に煤煙ながれ
工場區街の屋根屋根より
悲しき汽笛は響き渡る。
虎なり
虎なり
午後なり
廣告風船《ばるうむ》は高く揚りて
薄暮に迫る都會の空
高
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