量《あてずいりょう》で見当をつけ、家の方へ帰ろうとして道を急いだ。そして樹木の多い郊外の屋敷町を、幾度かぐるぐる廻ったあとで、ふと或る賑《にぎ》やかな往来へ出た。それは全く、私の知らない何所《どこ》かの美しい町であった。街路は清潔に掃除《そうじ》されて、鋪石《ほせき》がしっとりと露に濡《ぬ》れていた。どの商店も小綺麗《こぎれい》にさっぱりして、磨《みが》いた硝子の飾窓《かざりまど》には、様々の珍しい商品が並んでいた。珈琲《コーヒー》店の軒には花樹が茂り、町に日蔭のある情趣を添えていた。四つ辻の赤いポストも美しく、煙草屋の店にいる娘さえも、杏《あんず》のように明るくて可憐《かれん》であった。かつて私は、こんな情趣の深い町を見たことがなかった。一体こんな町が、東京の何所にあったのだろう。私は地理を忘れてしまった。しかし時間の計算から、それが私の家の近所であること、徒歩で半時間位しか離れていないいつもの私の散歩区域、もしくはそのすぐ近い範囲にあることだけは、確実に疑いなく解っていた。しかもそんな近いところに、今まで少しも人に知れずに、どうしてこんな町があったのだろう?
私は夢を見ているよう
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