い。錯覚された宇宙は、狐に化かされた人が見るのか。理智の常識する目が見るのか。そもそも形而上《けいじじょう》の実在世界は、景色の裏側にあるのか表にあるのか。だれもまた、おそらくこの謎を解答できない。だがしかし、今もなお私の記憶に残っているものは、あの不可思議な人外の町。窓にも、軒にも、往来にも、猫の姿がありありと映像していた、あの奇怪な猫町の光景である。私の生きた知覚は、既に十数年を経た今日でさえも、なおその恐ろしい印象を再現して、まざまざとすぐ眼の前に、はっきり見ることができるのである。
人は私の物語を冷笑して、詩人の病的な錯覚であり、愚にもつかない妄想《もうそう》の幻影だと言う。だが私は、たしかに猫ばかりの住んでる町、猫が人間の姿をして、街路に群集している町を見たのである。理窟《りくつ》や議論はどうにもあれ、宇宙の或る何所かで、私がそれを「見た」ということほど、私にとって絶対不惑の事実はない。あらゆる多くの人々の、あらゆる嘲笑《ちょうしょう》の前に立って、私は今もなお固く心に信じている。あの裏日本の伝説が口碑《こうひ》している特殊な部落。猫の精霊ばかりの住んでる町が、確かに宇宙の或る何所かに、必らず実在しているにちがいないということを。
底本:「猫町他十七篇」岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年5月16日第1刷発行
1997(平成9)年12月5日第4刷発行
親本:「萩原朔太郎全集」筑摩書房
1976(昭和51)年発行
入力:ryoko masuda
校正:浜野智
1999年1月12日公開
2006年1月30日修正
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