さうして砂原へ天幕《てんと》を張り
懶惰《らんだ》な日にやけた手足をのばして
やくざな人足どもと賭博《ばくち》をやらう。


 大井町

おれは泥靴を曳きずりながら
ネギや ハキダメのごたごたする
運命の露路をよろけあるいた。
ああ 奧さん! 長屋の上品な嬶《かかあ》ども
そこのきたない煉瓦の窓から
乞食のうす黒いしやつぽの上に
鼠の尻尾でも投げつけてやれ。
それから構内の石炭がらを運んできて
部屋中いつぱい やけに煤煙でくすぼらせろ。
そろそろ夕景が薄《せま》つてきて
あつちこつちの屋根の上に
亭主のしやべる[#「しやべる」に傍点]が光り出した。
へんに紙屑がぺらぺらして
かなしい日光の射してるところへ
餓鬼共のヒネびた聲がするではないか。
おれは空腹になりきつちやつて
そいつがバカに悲しくきこえ
大井町織物工場の暗い軒から
わあツ! と言つて飛び出しちやつた。
[#改ページ]

[#「時計臺之圖」の挿し絵]
 時計臺之圖

 永遠の孤獨の中に悲しみながら、冬の日の長い時をうつてる時計臺―。避雷針は空に向つて泣いて居るし、街路樹は針のやうに霜枯れて寂しがつてる。見れば大時計の古ぼけた指盤の向うで、冬のさびしい海景が泣きわびて居るではないか。
[#改ページ]


 吉原

高い板塀の中にかこまれてゐる
うすぐらい陰氣な區域だ。
それでも空地に溝がながれて
木が生え
白き石炭酸の臭ひはぷんぷんたり。
吉原!
土堤ばたに死んでる蛙のやうに
白く腹を出してる遊廓地帶だ。

かなしい板塀の圍ひの中で
おれの色女が泣いてる聲をきいた
夜つぴとへだ。
それから消化不良のうどんを食つて
煤けた電氣の下に寢そべつてゐた。
「また來てくんろよう!」

曇つた絶望の天氣の日でも
女郎屋の看板に寫眞が出てゐる。


 郵便局の窓口で

郵便局の窓口で
僕は故郷への手紙をかいた。
鴉のやうに零落して
靴も運命もすり切れちやつた
煤煙は空に曇つて
けふもまだ職業は見つからない。

父上よ
何が人生について殘つて居るのか。
僕はかなしい虚無感から
貧しい財布の底をかぞへて見た。
すべての人生を銅貨にかへて
道路の敷石に叩きつけた。
故郷よ!
老いたまへる父上よ。

僕は港の方へ行かう
空氣のやうに蹌踉として
波止場《はとば》の憂鬱な道を行かう。
人生よ!
僕は出帆する汽船の上で
笛の吠えさけぶ響をきいた。


 大工の弟子

僕は都會に行き
家を建てる術を學ばう。
僕は大工の弟子となり
大きな晴れた空に向つて
人畜の怒れるやうな屋根を造らう。
僕等は白蟻の卵のやうに
巨大な建築の柱の下で
うぢうぢとして仕事をしてゐる。
甍《いらか》が翼《つばさ》を張りひろげて
夏の烈日の空にかがやくとき
僕等は繁華の街上にうじやうじやして
つまらぬ女どもが出してくれる
珈琲店《カフエ》の茶などを飮んでる始末だ。
僕は人生に退屈したから
大工の弟子になつて勉強しよう。


 時計

古いさびしい空家の中で
椅子が茫然として居るではないか。
その上に腰をかけて
編物をしてゐる娘もなく
煖爐に坐る黒猫の姿も見えない
白いがらんどうの家の中で
私は物悲しい夢を見ながら
古風な柱時計のほどけて行く
錆びたぜんまいの響を聽いた。
じぼ・あん・じやん! じぼ・あん・じやん!

古いさびしい空家の中で
昔の戀人の寫眞を見てゐた。
どこにも思ひ出す記憶がなく
洋燈《らんぷ》の黄色い光の影で
かなしい情熱だけが漂つてゐた。
私は椅子の上にまどろみながら
遠い人氣《ひとけ》のない廊下の向うを
幽靈のやうにほごれてくる
柱時計の錆びついた響を聽いた。
じぼ・あん・じやん! じぼ・あん・じやん!
[#改ページ]


※ここに藏原伸二郎(1899−1965)の附録「猫。青猫。萩原朔太郎。」あり。
[#改ページ]


[#ここから7字下げ、28字詰め、罫囲み]
     卷尾に

 この書の中にある詩篇は、初版「青猫」を始め、新潮社版の「蝶を夢む」第一書房版の「萩原朔太郎詩集」その他既刊の詩集中にも散在し、夫夫少し宛詩句や組方を異にしてゐるが、この「定本」のものが本當であり、流布本に於ける誤植一切を訂正し、併せてその未熟個所を定則に改定した。よつて此等の詩篇によつて、私を批判しようとする人人や、他の選集に拔粹しようとする人人は、今後すべて必ずこの「定本」によつてもらひたい。[#地から3字上げ]著者
[#ここで字下げ終わり]



底本:「萩原朔太郎全集 第二巻」筑摩書房
   1976(昭和51)年3月25日初版発行
底本の親本:「定本青猫」版画荘
   1936(昭和11)年3月20日発行
※底本では一行が長くて二行にわたっているところは、二行目が1字下げになっています。
入力:kompass
校正:ちはる
2001年8月22日公開
2005年11月23日修正
青空文庫作成ファイル:
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