しめよ
ふるさとの山|遠遠《とほどほ》に
くろずむごとく凍る日に
天景をさへぬきんでて
利根川の上《へ》に光らしめ
祈るがごとく光らしめ。
             ――郷土風物詩――


 くさつた蛤

半身は砂のなかにうもれてゐて
それでゐてべろべろと舌を出してゐる。
この軟體動物のあたまの上には
砂利や潮みづがざらざらざらざら流れてゐる
ながれてゐる
ああ夢のやうにしづかにながれてゐる。

ながれてゆく砂と砂との隙間から
蛤はまた舌べろをちらちらと赤くもえいづる
この蛤は非常に憔悴《やつ》れてゐるのである。
みればぐにやぐにやした心臟がくさりかかつてゐるらしい
それゆゑ哀しげな晩がたになると
青ざめた海岸に坐つてゐて
ちら ちら ちら ちら とくさつた息をするのですよ。
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散文詩  四篇
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「月に吠える」前派の作品
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 吠える犬

月夜の晩に、犬が墓地をうろついてゐる。
この遠い、地球の中心に向つて吠えるところの犬だ。
犬は透視すべからざる地下に於て、深くかくされたるところの金庫を感知することにより。
金庫には翡翠および夜光石をもつて充たされたることを感應せることにより。
吠えるところの犬は、その心靈に於てあきらかに白熱され、その心臟からは螢光線の放射のごときものを透影する。
この青白い犬は、前足をもつて堅い地面を掘らんとして焦心する。
遠い、遠い、地下の世界において微動するものを感應することにより。
吠えるところの犬は哀傷し、狂號し、その明らかに直視するものを掘らんとして、かなしい月夜の墓地に焦心する。

吠えるところの犬は人[#「人」に傍点]である。
なんぢ、忠實なる、敏感なる、しかれどもまつたく孤獨なる犬よ。
汝が吠えることにより、病兒をもつた隣人のために銃をもつて撃たれるまで。
吠えるところの犬は、青白き月夜においての人[#「人」に傍点]である。


 柳

放火、殺人、竊盜、夜行、姦淫、およびあらゆる兇行をして柳の樹下に行はしめよ。夜において光る柳の樹下に。
そもそも柳が電氣の良導體なることを、最初に發見せるもの先祖の中にあり。

手に兇器をもつて人畜の内臟を電裂せんとする兇賊がある。
かざされたるところの兇器は、その生《なま》あたたかき心臟の上におかれ、生ぐさき夜の呼吸において點火發光するところのぴすとるである。
しかしてみよ、この黒衣の曲者《くせもの》も、白夜柳の木の下に凝立する所以である。


 Omega の瞳

死んでみたまへ、屍蝋の光る指先から、お前の靈がよろよろとして昇發する。その時お前は、ほんたうにおめが[#「おめが」に傍点]の青白い瞳《め》を見ることができる。それがお前の、ほんたうの人格であつた。

ひとが猫のやうに見える。


 極光

懺悔者の背後には美麗な極光がある。



底本:「萩原朔太郎全集 第一卷」筑摩書房
   1975(昭和50)年5月25日初版発行
底本の親本:「現代詩人叢書14 蝶を夢む」新潮社
   1924(大正12)年7月14日発行
※底本では一行が長くて二行にわたっているところは、二行目が1字下げになっています。
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2005年6月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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