あいつらは
死よりも恐ろしい祕密だ。
おれはかんがへる
そのときまるであいつらの眼が
おれの手くびにくつついてゐたことを
おれの胴體に
のぞきめがねを仕掛けた奴らだ
おれをひつぱたく
おれの力は
馬車馬のやうにひつぱたく。
そしてだんだんと
おれは天路を巡歴した
異樣な話だが
おれはじつさい 獨身者《ひとりみ》であつた。
龜
林あり
沼あり
蒼天あり
ひとの手には重みをかんじ
しづかに純金の龜ねむる
この光る
さびしき自然のいたみにたへ
ひとの心靈《こころ》にまさぐりしづむ
龜は蒼天のふかみにしづむ。
白夜
夜霜まぢかくしのびきて
跫音《あのと》をぬすむ寒空《さむぞら》に
微光のうすものすぎさる感じ
ひそめるものら
遠見の柳をめぐり出でしが
ひたひたと出でしが
見よ 手に銀の兇器は冴え
闇に冴え
あきらかにしもかざされぬ
そのものの額《ひたひ》の上にかざされぬ。
巣
竹の節はほそくなりゆき
竹の根はほそくなりゆき
竹の纖毛は地下にのびゆき
錐のごとくなりゆき
絹絲のごとくかすれゆき
けぶりのやうに消えさりゆき。
ああ髮の毛もみだれみだれし
暗い土壤に罪びとは
懺悔の巣をぞかけそめし。
懺悔
あるみにうむの薄き紙片に
すべての言葉はしるされたり
ゆきぐもる空のかなたに罪びとひとり
ひねもす齒がみなし
いまはやいのち凍らんとするぞかし。
ま冬を光る松が枝に
懺悔のひとの姿あり。
夜の酒場
夜の酒場の
暗緑の壁に
穴がある。
かなしい聖母の額《がく》
額の裏《うら》に
穴がある。
ちつぽけな
黄金蟲のやうな
祕密の
魔術のぼたんだ。
眼《め》をあてて
そこから覗く
遠くの異樣な世界は
妙なわけだが
だれも知らない。
よしんば
醉つぱらつても
青白い妖怪の酒盃《さかづき》は、
「未知」を語らない。
夜の酒場の壁に
穴がある。
月夜
へんてこの月夜の晩に
ゆがんだ建築の夢と
醉つぱらひの圓筒帽子《しるくはつと》。
見えない兇賊
兩手に兇器
ふくめんの兇賊
往來にのさばりかへつて
木の葉のやうに
ふるへてゐる奴。
いつしよけんめいでみつめてゐる
みつめてゐるなにものかを
だがかはいさうに
奴め 背後《うしろ》に氣がつかない、
背後には未知の犯罪
もうもうとしてゐる黒の板塀。
夜目にも光る
白銀《しろがね》の服を着こんだ奴
この奇體な
それでゐて
みたものもない片目の兇賊。
有害なる動物
犬のごときものは吠えることにより
鵞鳥のごときものは畸形兒なることにより
狐のごときものは夜間に於て發光することにより
龜のごときものは凝晶することにより
狼のごときものは疾行することによりてさらに甚だしく
すべて此等のものは人身の健康に有害なり。
さびしい人格
さびしい人格が私の友を呼ぶ
わが見知らぬ友よ早くきたれ
ここの古い椅子に腰をかけて二人でしづかに話してゐよう
なにも悲しむことなく君と私でしづかな幸福な日を暮さう
遠い公園のしづかな噴水の音をきいてゐよう
しづかに しづかに 二人でかうして抱きあつてゐよう。
母にも父にも兄弟にも遠くはなれて
母にも父にも知らない孤兒の心をむすびあはさう
ありとあらゆる人間の生活の中で
おまへと私だけの生活について話しあはう
まづしいたよりない二人だけの祕密の生活について
ああその言葉は秋の落葉のやうにさうさうとして膝の上にも散つてくるではないか。
わたしの胸はかよわい病氣した幼な兒の胸のやうだ
わたしの心は恐れにふるへるせつないせつない熱情のうるみに燃えるやうだ。
ああいつかも私は高い山の上へ登つて行つた
けはしい坂路をあふぎながら蟲けらのやうにあこがれて登つて行つた
山の絶頂に立つたとき蟲けらはさびしい涙をながした。
あふげばばうばうたる草むらの山頂で大きな白つぽい雲がながれてゐた。
自然はどこでも私を苦しくする
そして人情は私を陰鬱にする
むしろ私はにぎやかな都會の公園を歩きつかれて
とある寂しい木蔭の椅子を見つけるのが好きだ。
ぼんやりした心で空を見てゐるのが好きだ
ああ都會の空を遠く悲しげにながれてゆく煤煙
またその都會の屋根をこえてはるかにちひさく燕の飛んで行く姿をみるのが好きだ。
よにもさびしい私の人格が
おほきな聲で見知らぬ友を呼んでゐる
わたしの卑屈で不思議な人格が
鴉のやうなみすぼらしい樣子をして
人氣のない冬枯れの椅子の片隅にふるへて居る。
戀を戀する人
わたしはくちびるにべにをぬつて
あたらしい白樺の幹に接吻した。
よしんば私が美男であらうとも
わたしの胸にはごむまりのやうな乳房がない
わたしの皮膚からはきめのこまかい粉おしろいの匂ひがしない
わたしはしなびきつた薄命男だ
ああなんといふいぢらしい
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