りとしてしながよく
まるでちひさな青い魚類のやうで
やさしくそよそよとうごいてゐる樣子はたまらない
ああその手の上に接吻がしたい
そつくりと口にあてて喰べてしまひたい
なんといふすつきりとした指先のまるみだらう
指と指との谷間に咲く このふしぎなる花の風情はどうだ。
その匂ひは麝香のやうで 薄く汗ばんだ桃の花のやうにみえる。
かくばかりも麗はしくみがきあげた女性の指
すつぽりとしたまつ白のほそながい指
ぴあの[#「ぴあの」に傍点]の鍵盤をたたく指
針をもて絹をぬふ仕事の指
愛をもとめる肩によりそひながら
わけても感じやすい皮膚の上に
かるく爪先をふれ
かるく爪でひつかき
かるくしつかりと押へつけるやうにする指のはたらき
そのぶるぶるとみぶるひをする愛のよろこび
はげしく狡猾にくすぐる指
おすましで意地惡のひとさし指
卑怯で快活な小指のいたづら
親指の肥え太つた美しさとその暴虐なる野蠻性。
ああ そのすべすべとみがきあげたいつぽんの指をおしいただき
すつぽりと口にふくんでしやぶつてゐたい いつまでたつてもしやぶつてゐたい。
その手の甲はわつぷる[#「わつぷる」に傍点]のふくらみで
その手の指は氷砂糖のつめたい食慾
ああ この食慾
子供のやうに意地のきたない無智の食慾。
その襟足は魚である
ふかい谷間からおよぎあがる魚類のやうで
いつもしつとり濡れて青ざめてゐるながい襟足
すべすべと磨きあげた大理石の柱のやうで
まつすぐでまつ白で
それでゐて恥かしがりの襟足
このなよなよとした襟くびのみだらな曲線
いつもおしろいで塗りあげたすてきな建築
そのおしろいのねばねばと肌にねばりつく魚の感覺
またその魚類の半襟のなかでおよいでゐるありさまはどうです
ああこのなまめかしい直線のもつふしぎな誘惑
そのぬらぬらとした魚類の音樂にはたへられない
あはれ身を藻草のたぐひとなし
はやくこの奇異なる建築の柱にねばりつきたい
はやく はやく この解きがたい夢の Nymph に身をまかせて。
春の芽生
私は私の腐蝕した肉體にさよならをした
そしてあたらしくできあがつた胴體からは
あたらしい手足の芽生が生えた
それらはじつにちつぽけな
あるかないかも知れないぐらゐの芽生の子供たちだ
それがこんな麗らかの春の日になり
からだ中でぴよぴよと鳴いてゐる
かはいらしい手足の芽生たちが
さよ
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