こんだ奴
この奇體な
それでゐて
みたものもない片目の兇賊。
有害なる動物
犬のごときものは吠えることにより
鵞鳥のごときものは畸形兒なることにより
狐のごときものは夜間に於て發光することにより
龜のごときものは凝晶することにより
狼のごときものは疾行することによりてさらに甚だしく
すべて此等のものは人身の健康に有害なり。
さびしい人格
さびしい人格が私の友を呼ぶ
わが見知らぬ友よ早くきたれ
ここの古い椅子に腰をかけて二人でしづかに話してゐよう
なにも悲しむことなく君と私でしづかな幸福な日を暮さう
遠い公園のしづかな噴水の音をきいてゐよう
しづかに しづかに 二人でかうして抱きあつてゐよう。
母にも父にも兄弟にも遠くはなれて
母にも父にも知らない孤兒の心をむすびあはさう
ありとあらゆる人間の生活の中で
おまへと私だけの生活について話しあはう
まづしいたよりない二人だけの祕密の生活について
ああその言葉は秋の落葉のやうにさうさうとして膝の上にも散つてくるではないか。
わたしの胸はかよわい病氣した幼な兒の胸のやうだ
わたしの心は恐れにふるへるせつないせつない熱情のうるみに燃えるやうだ。
ああいつかも私は高い山の上へ登つて行つた
けはしい坂路をあふぎながら蟲けらのやうにあこがれて登つて行つた
山の絶頂に立つたとき蟲けらはさびしい涙をながした。
あふげばばうばうたる草むらの山頂で大きな白つぽい雲がながれてゐた。
自然はどこでも私を苦しくする
そして人情は私を陰鬱にする
むしろ私はにぎやかな都會の公園を歩きつかれて
とある寂しい木蔭の椅子を見つけるのが好きだ。
ぼんやりした心で空を見てゐるのが好きだ
ああ都會の空を遠く悲しげにながれてゆく煤煙
またその都會の屋根をこえてはるかにちひさく燕の飛んで行く姿をみるのが好きだ。
よにもさびしい私の人格が
おほきな聲で見知らぬ友を呼んでゐる
わたしの卑屈で不思議な人格が
鴉のやうなみすぼらしい樣子をして
人氣のない冬枯れの椅子の片隅にふるへて居る。
戀を戀する人
わたしはくちびるにべにをぬつて
あたらしい白樺の幹に接吻した。
よしんば私が美男であらうとも
わたしの胸にはごむまりのやうな乳房がない
わたしの皮膚からはきめのこまかい粉おしろいの匂ひがしない
わたしはしなびきつた薄命男だ
ああなんといふいぢらしい
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