謨《ごむ》葉樹のしげれるさまは
ふしぎな象の耳のやうだ。
薄闇の濕地にかげをひいて
ぞくぞくと這へる羊齒《しだ》植物 爬蟲類
蛇 とかげ ゐもり 蛙 さんしようをの類。

白晝《まひる》のかなしい思慕から
なにをあだむ[#「あだむ」に傍点]が追憶したか
原始の情緒は雲のやうで
むげんにいとしい愛のやうで
はるかな記憶の彼岸にうかんで
とらへどころもありはしない。


 天候と思想

書生は陰氣な寢臺から
家畜のやうに這ひあがつた
書生は羽織をひつかけ
かれの見る自然へ出かけ突進した。
自然は明るく小綺麗でせいせいとして
そのうへにも匂ひがあつた
森にも 辻にも 賣店にも
どこにも青空がひるがへりて美麗であつた
そんな輕快な天氣に
美麗な自働車《かあ》が 娘等がはしり※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つた。

わたくし思ふに
思想はなほ天候のやうなものであるか
書生は書物を日向にして
ながく幸福のにほひを嗅いだ。


 笛の音のする里へ行かうよ

俥に乘つてはしつて行くとき
野も 山も ばうばうとして霞んでみえる
柳は風にふきながされ
燕も 歌も ひよ鳥も かすみの中に消えさる

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