笛のやうにのどかで
かぎりなき憂鬱のひびきをもつてきこえる。
いま私の心は涙をもてぬぐはれ
閉ぢこめたる窓のほとりに力なくすすりなく
ああこのひとつのまづしき心はなにものの生命《いのち》をもとめ
なにものの影をみつめて泣いてゐるのか
ただいちめんに酢えくされたる美しい世界のはてで
遠く花見の憂鬱なる横笛のひびきをきく。


 夢にみる空家の庭の祕密

その空家の庭に生えこむものは松の木の類
びはの木 桃の木 まきの木 さざんか さくらの類
さかんな樹木 あたりにひろがる樹木の枝
またそのむらがる枝の葉かげに ぞくぞくと繁茂するところの植物
およそ しだ わらび ぜんまい もうせんごけの類
地べたいちめんに重なりあつて這ひまはる
それら青いものの生命《いのち》
それら青いもののさかんな生活
その空家の庭はいつも植物の日影になつて薄暗い
ただかすかにながれるものは一筋の小川のみづ
夜も晝もさよさよと悲しくひくくながれる水の音
またじめじめとした垣根のあたり
なめくぢ へび かへる とかげ類のぬたぬたとした氣味わるいすがたをみる。
さうしてこの幽邃な世界のうへに
夜《よる》は青じろい月の光が
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