とりと化粧されたる
ひとつの白い額をみる
ちひさな可愛いくちびるをみる
まぼろしの夢に浮んだ顏をながめる。
春夜のただよふ靄の中で
わたしはあなたの思ひをかぐ
あなたの思ひは愛にめざめて
ぱつちりとひらいた黒い瞳《ひとみ》は
夢におどろき
みしらぬ歡樂をあやしむやうだ。
しづかな情緒のながれを通つて
ふたりの心にしみゆくもの
ああこのやすらかな やすらかな
すべてを愛に 希望《のぞみ》にまかせた心はどうだ。
人生《らいふ》の春のまたたく灯かげに
嫋めかしくも媚ある肉體《からだ》を
こんなに近く抱いてるうれしさ
處女《をとめ》のやはらかな肌のにほひは
花園にそよげるばらのやうで
情愁のなやましい性のきざしは
櫻のはなの咲いたやうだ。
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※[#蛇の目、1−3−27] ※[#蛇の目、1−3−27] ※[#蛇の目、1−3−27] ※[#蛇の目、1−3−27] ※[#蛇の目、1−3−27] ※[#蛇の目、1−3−27] ※[#蛇の目、1−3−27] ※[#蛇の目、1−3−27] ※[#蛇の目、1−3−27]
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軍隊
通行する軍隊の印象
この重量のある機械は
地面をどつしりと壓へつける
地面は強く踏みつけられ
反動し
濛濛とする埃をたてる。
この日中を通つてゐる
巨重の逞ましい機械をみよ
黝鐵の油ぎつた
ものすごい頑固な巨體だ
地面をどつしりと壓へつける
巨きな集團の動力機械だ。
づしり、づしり、ばたり、ばたり
ざつく、ざつく、ざつく、ざつく。
この兇逞な機械の行くところ
どこでも風景は褪色し
黄色くなり
日は空に沈鬱して
意志は重たく壓倒される。
づしり、づしり、ばたり、ばたり
お一、二、お一、二。
お この重壓する
おほきなまつ黒の集團
浪の押しかへしてくるやうに
重油の濁つた流れの中を
熱した銃身の列が通る
無數の疲れた顏が通る。
ざつく、ざつく、ざつく、ざつく
お一、二、お一、二。
暗澹とした空の下を
重たい鋼鐵の機械が通る
無數の擴大した瞳孔《ひとみ》が通る
それらの瞳孔《ひとみ》は熱にひらいて
黄色い風景の恐怖のかげに
空しく力なく彷徨する。
疲勞し
困|憊《ぱい》し
幻惑する。
お一、二、お一、二
歩調取れえ!
お このおびただしい瞳孔《どうこう》
埃の低迷する道路の上に
かれらは憂鬱の日ざしをみる
ま白い幻像の市街をみる
感情の暗く幽囚された。
づしり、づしり、づたり、づたり
ざつく、ざつく、ざつく、ざつく。
いま日中を通行する
黝鐵の凄く油ぎつた
巨重の逞ましい機械をみよ
この兇逞な機械の踏み行くところ
どこでも風景は褪色し
空氣は黄ばみ
意志は重たく壓倒される。
づしり、づしり、づたり、づたり
づしり、どたり、ばたり、ばたり。
お一、二、お一、二。
[#改丁]
附録
自由詩のリズムに就て
自由詩のリズム
歴史の近い頃まで、詩に關する一般の觀念はかうであつた。「詩とは言葉の拍節正しき調律即ち韻律を踏んだ文章である」と。この觀念から文學に於ける二大形式、「韻文」と「散文」とが相對的に考へられて來た。最近文學史上に於ける一つの不思議は、我我の中の或る者によつて、散文で書いた詩――それは「自由詩」「無韻詩」又は「散文詩」の名で呼ばれる――が發表されたことである。この大膽にして新奇な試みは、詩に關する從來の常識を根本からくつがへしてしまつた。詩に就いて、世界は新らしい概念を構成せねばならぬ。
勿論、そこでは多くの議論と宿題とが豫期される。我我の詩の新しき概念は、それが構成され得る前に、先づ以て十分に吟味せねばならぬ。果して自由詩は「詩」であるかどうか。今日一派の有力なる詩論は、毅然として「自由詩は詩に非ず」と主張してゐる。彼等の哲學は言ふ。「散文で書いたもの」は、それ自ら既に散文ではないか。散文であつて、同時にまたそれが詩であるといふのは矛盾である。散文詩又は無韻詩の名は、言語それ自身の中に矛盾を含んで居る。かやうな概念は成立し得ない。元來、詩の詩たる所以――よつて以てそれが散文から類別される所以――は、主として全く韻律の有無にある。韻律を離れて尚詩有りと考ふるは一つの妄想である。けだし韻律《リズム》と詩との關係は、詩の起原に於てさへ明白ではないか。世界の人文史上に於て、原始民族の詩はすべて明白に規則正しき拍節を踏んでゐる。言語發生以前、彼等は韻律によつて相互の意志を交換した。韻律は、その「規則正しき拍節の形式」によつて我等の美感を高翔させる。詩の母音は此所から生れた。見よ、詩の本然性はどこにあるか。原始の純樸なる自然的歌謠――牧歌や、俚謠や、情歌や――の中に、一つとして無韻詩や自由詩の類が有るか。
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