は眠り 燈火はあたりの自然にながれてゐる。
ながれてゐる哀傷の夢の影のふかいところで
私はときがたい神祕をおもふ
萬有の 生命の 本能の 孤獨なる
永遠に永遠に孤獨なる 情緒のあまりに花やかなる。


 片戀

市街を遠くはなれて行つて
僕等は山頂の草に坐つた
空に風景はふきながされ
ぎぼし ゆきしだ わらびの類
ほそくさよさよと草地に生えてる。

君よ辨當をひらき
はやくその卵を割つてください。
私の食慾は光にかつゑ
あなたの白い指にまつはる
果物の皮の甘味にこがれる。

君よ なぜ早く籠をひらいて
鷄肉の 腸詰の 砂糖煮の 乾酪《はむ》のご馳走をくれないのか
ぼくは飢ゑ
ぼくの情慾は身をもだえる。

君よ
君よ
疲れて草に投げ出してゐる
むつちりとした手足のあたり
ふらんねるをきた胸のあたり
ぼくの愛着は熱奮して 高潮して
ああこの苦しさ 壓迫にはたへられない。

高原の草に坐つて
あなたはなにを眺めてゐるのか
あなたの思ひは風にながれ
はるかの市街は空にうかべる
ああ ぼくのみひとり焦燥して
この青青とした草原の上
かなしい願望に身をもだえる。


 夢

あかるい屏風のかげにすわつて
あなたのしづかな寢息をきく。
香爐のかなしいけむりのやうに
そこはかとたちまよふ
女性のやさしい匂ひをかんずる。
かみの毛ながきあなたのそばに
睡魔のしぜんな言葉をきく
あなたはふかい眠りにおち
わたしはあなたの夢をかんがふ
このふしぎなる情緒
影なきふかい想ひはどこへ行くのか。

薄暮のほの白いうれひのやうに
はるかに幽かな湖水をながめ
はるばるさみしい麓をたどつて
見しらぬ遠見の山の峠に
あなたはひとり道にまよふ 道にまよふ。

ああ なににあこがれもとめて
あなたはいづこへ行かうとするか
いづこへ いづこへ 行かうとするか
あなたの感傷は夢魔に饐えて
白菊の花のくさつたやうに
ほのかに神祕なにほひをたたふ。
         (とりとめもない夢の氣分とその抒情)


 春宵

嫋《なま》めかしくも媚ある風情を
しつとりとした襦袢につつむ
くびれたごむ[#「ごむ」に傍点]の 跳ねかへす若い肉體《からだ》を
こんなに近く抱いてるうれしさ
あなたの胸は鼓動にたかまり
その手足は肌にふれ
ほのかにつめたく やさしい感觸の匂ひをつたふ。

ああこの溶けてゆく春夜の灯かげに
厚くしつ
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