とはできないのである。
 しかしながら子供等は、その内密の意識の下では、父の悲哀をよく知つてる。そして世間のだれよりもよく、父の實際の敵――戰士であるところの父は、社會の至る所に多くの敵をもつてる。――を認識してゐる。それからして子供等は、彼の不幸な父を苦しめた敵に向つて、いつでも復讐するやうに用意してゐる。(封建時代とはちがつた仕方で、今の資本主義の世の中にも、孝子の仇敵《かたき》討ちがふだんに行はれて居ることを知るべきである。)最も平凡で、意氣地がなく、ぐうたら[#「ぐうたら」に傍点]な父でさへも、その子供等にとつて見れば、人生の戰ひに慘敗した、悲壯なナポレオン的英雄なのだ。
 かくの如くして、人類史以來幾千年。父は永遠に悲壯人として生活した。

 敵  敵への怒りは、劣弱者が優勢者に對する、權力感情の發揚である。

 物質の感情  ロボツトの悲哀を思へ。物質であるところのものは、思惟することも、意志することも、生殖することもできないのだ。

 物體  人は悲哀からも、化石することを希望する。

 時計を見る狂人  詩人たちは、絶えず何事かの仕事をしなければならないといふ、心の衝動
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