に、この日當りのよい芝生の上では、思想が後から後からと成長してくる。けれどもそれらの思想は、私にまで何の交渉があらうぞ。私はただ青空を眺めて居たい。あの蒼天の夢の中に溶けてしまふやうな、さういふ思想の幻想だけを育くみたいのだ。私自身の情緒の影で、なつかしい緑陰の夢をつくるやうな、それらの「情調ある思想」だけを語りたいのだ。空飛ぶ小鳥よ。
舌のない眞理
とある幻燈の中で、青白い雪の降りつもつてゐる、しづかなしづかな景色の中で、私は一つの眞理をつかんだ。物言ふことのできない、永遠に永遠にうら悲しげな、私は「舌のない眞理」を感じた。景色の、幻燈の、雪のつもる影を過ぎ去つて行く、さびしい青猫の像《かたち》をかんじた。
慈悲
風琴の鎭魂樂《れくれえむ》をきくやうに、冥想の厚い壁の影で、靜かに湧きあがつてくる黒い感情。情慾の強い惱みを抑へ、果敢ない運命への叛逆や、何といふこともない生活の暗愁や、いらいらした心の焦燥やを忘れさせ、安らかな安らかな寢臺の上で、靈魂の深みある眠りをさそふやうな、一つの力ある靜かな感情。それは生活の疲れた薄暮に、響板の鈍いうなりをたてる、大きな幅のある
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