空にひるがへる、浪浪の固體した印象から、その隔離した地方の物侘しい冬の光線から、あはれに煤ぼけて見える小さな黒い獵鯨船よ。孤獨な環境の海に漂泊する船の羅針が、一つの鋭どい意志の尖角[#「意志の尖角」に傍点◎]が、ああ如何に固い冬の氷を突き破つて驀進することよ。
婦人と雨
しとしとと降る雨の中を、かすかに匂つてゐる菜種のやうで、げにやさしくも濃やかな情緒がそこにある。ああ婦人! 婦人の側らに坐つてゐるとき、私の思惟は濕ひにぬれ、胸はなまめかしい香水の匂ひにひたる。げに婦人は生活の窓にふる雨のやうなものだ。そこに窓の硝子を距てて雨景をみる。けぶれる柳の情緒ある世界をみる。ああ婦人は空にふる雨の點點、しめやかな音樂のめろぢい[#「めろぢい」に傍点]のやうなものだ。我らをしていつも婦人に聽き惚らしめよ。かれらの實體[#「實體」に傍点◎]に近よることなく、かれらの床しき匂ひとめろぢい[#「めろぢい」に傍点]に就いてのみ、いつも蜜のやうな情熱の思慕をよさしめよ。ああこの濕ひのある雨氣の中で、婦人らの濃やかな吐息をかんず。婦人は雨のやうなものだ。
芝生の上で
若草の芽が萌えるやう
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