、鱶の如くに泳ぎ來り、齒を以て肉に噛みつけり。


 墓

 これは墓である。蕭條たる風雨の中で、かなしく默しながら、孤獨に、永遠の土塊が存在してゐる。
 何がこの下に、墓の下にあるのだらう。我我はそれを考へ得ない。おそらくは深い穴が、がらんどうに掘られてゐる。さうして僅かばかりの物質――人骨や、齒や、瓦や――が、蟾蜍《ひきがへる》と一緒に同棲して居る。そこには何もない。何物の生命も、意識も、名譽も。またその名譽について感じ得るであらう存在もない。
 尚ほしかしながら我我は、どうしてそんなに悲しく、墓の前を立ち去ることができないだらう。我我はいつでも、死後の「無」について信じてゐる。何物も殘りはしない。我我の肉體は解體して、他の物質に變つて行く。思想も、神經も、感情も、そしてこの自我の意識する本體すらも、空無の中に消えてしまふ。どうして今日の常識が、あの古風な迷信――死後の生活――を信じよう。我我は死後を考へ、いつも風のやうに哄笑するのみ!
 しかしながら尚ほ、どうしてそんなに悲しく、墓の前を立ち去ることができないだらう。我我は不運な藝術家で、あらゆる逆境に忍んで居る。我我は孤獨に耐へ
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