ぽい硝子の中で、藍色の透き通つた潮水《しほみづ》と、なよなよした海草とが動いてゐた。そしてどこの岩の隅隅にも、もはや生物の姿は見えなかつた。蛸は實際に、すつかり消滅してしまつたのである。
 けれども蛸は死ななかつた。彼が消えてしまつた後ですらも、尚ほ且つ永遠にそこに[#「そこに」に傍点◎]生きてゐた。古ぼけた、空つぽの、忘れられた水族館の槽の中で。永遠に――おそらくは幾世紀の間を通じて――或る物すごい缺乏と不滿をもつた、人の目に見えない動物が生きて居た。


 鏡

 鏡のうしろへ※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11、292−2]つてみても、「私」はそこに居ないのですよ。お孃さん!


 狐

 見よ! 彼は風のやうに來る。その額は憂鬱に青ざめてゐる。耳はするどく切つ立ち、まなじりは怒に裂けてゐる。
 君よ! 狡智[#「狡智」に傍点◎]のかくの如き美しき表情をどこに見たか。


 吹雪の中で

 單に孤獨であるばかりでない。敵を以て充たされてゐる!


 銃器店の前で

 明るい硝子戸の店の中で、一つの磨かれた銃器さへも、火藥を裝填してないのである。――何たる虚妄ぞ。懶爾《
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