せよ。きけ、どんな悦ばしい告別が、どんな氣の利いた挨拶《あいさつ》が、彼の見送りの人人にまで語られるか。今や一つの精神は、海を越えて軟風の沖へ出帆する。されば健在であれ、親しき、懷かしき、また敵意ある、敵意なき、正に私から忘られようとしてゐる[#「忘られようとしてゐる」に傍点◎]知己の人人よ。私は遠く行き、もはや君らと何の煩はしい交渉もないであらう。そして君らはまた、正に君らの陸地から立去らうとする帆影にまで、あのほつとした氣輕さの平和――すべての見送人が感じ得るところの、あの氣の輕輕とした幸福――を感ずるであらう。もはやそこには、何の鬱陶しい天氣もなく、來るべき航海日和の、いかに晴晴として麗らかに知覺せらるることぞ。おお今、碇をあげよ水夫ども。おーるぼーと。……聽け! あの[#「あの」に傍点◎]音樂は起る。見送る人、見送られる人の感情にまで、さばかり涙ぐましい「忘却の悦び」を感じさせるところの、あの古風なるスコツトランドの旋律は! Should auld acquaintance be forgot, and never brought to mind! Should auld a
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