はだれもが家族であつて、歴史の古き、傳統する、因襲のつながる「家」の中で、郷黨のあらゆる男女が、祖先の幽靈と共に生活してゐる。
田舍に於ては、すべての家家の時計が動いてゐない。そこでは古びた柱時計が、遠い過去の暦の中で、先祖の幽靈が生きてゐた時の、同じ昔の指盤を指してゐる。見よ! そこには昔のままの村社があり、昔のままの白壁があり、昔のままの自然がある。そして遠い曾祖母の過去に於て、かれらの先祖が縁組をした如く、今も同じやうな縁組があり、のどかな村落の籬《まがき》の中では、昔のやうに、牛や鷄の聲がしてゐる。
げに田舍に於ては、自然と共に悠悠として實在してゐる、ただ一の永遠な「時間」がある。そこには過去もなく、現在もなく、未來もない。あらゆるすべての生命が、同じ家族の血すぢであつて、冬のさびしい墓地の丘で、かれらの不滅の先祖と共に[#「先祖と共に」に傍点◎]、一つの靈魂と共に[#「靈魂と共に」に傍点◎]生活してゐる。晝も、夜も、昔も、今も、その同じ農夫の生活が、無限に單調につづいてゐる。そこの環境には變化がない。すべての先祖のあつたやうに、先祖の持つた農具をもち、先祖の耕した仕方でもつて、不變に同じく、同じ時間を續けて行く。變化することは破滅であり、田舍の生活の沒落である。なぜならば時間が斷絶して、永遠に生きる實在から、それの鎖が切れてしまふ。彼等は先祖のそばに居り、必死に土地を離れることを欲しない。なぜならば土地を離れて、家郷とすべき住家はないから。そこには擴がりもなく、觸りもなく、無限に實在してゐる空間がある。
荒寥とした自然の中で、田舍の人生は孤立してゐる。婚姻も、出産も、葬式も、すべてが部落の壁の中で、仕切られた時空の中で行はれてゐる。村落は悲しげに寄り合ひ、蕭條たる山の麓で、人間の孤獨にふるへてゐる。そして眞暗な夜の空で、もろこしの葉がざわざわと風に鳴る時、農家の薄暗い背戸の厩に、かすかに蝋燭の光がもれてゐる。馬もまた、そこの暗闇にうづくまつて、先祖と共に[#「先祖と共に」に傍点◎]眠つてゐるのだ。永遠に、永遠に、過去の遠い昔から居た如くに。
球轉がし
曇つた、陰鬱の午後であつた。どんよりとした太陽が、雲の厚みからさして、鈍い光を街路の砂に照らしてゐる。人人の氣分は重苦しく、うなだれながら、馬のやうに風景の中を彷徨してゐる。
いま、何物の力も私の中に生れてゐない。意氣は銷沈し、情熱は涸れ、汗のやうな惡寒がきびわるく皮膚の上に流れてゐる。私は壓しつぶされ、稀薄になり、地下の底に滅入つてしまふのを感じてゐた。
ふと、ある賑やかな市街の裏通り、露店や飲食店のごてごてと竝んでゐる、日影のまづしい横町で、私は古風な球轉がしの屋臺を見つけた。
「よし! 私の力を試してみよう。」
つまらない賭けごとが、病氣のやうにからまつてきて、執拗に自分の心を苛らだたせた。幾度も幾度も、赤と白との球が轉がり、そして意地惡く穴の周圍をめぐつて逃げた。あらゆる機因《チヤンス》がからかひながら、私の意志の屆かぬ彼岸で、熱望のそれた標的に轉がり込んだ。
「何物もない! 何物もない!」
私は齒を食ひしばつて絶叫した。いかなればかくも我我は無力であるか。見よ! 意志は完全に否定されてる[#「意志は完全に否定されてる」に傍点◎]。それが感じられるほど、人生を勇氣する理由がどこにあるか?
たちまち、若若しく明るい聲が耳に聽えた。蓮葉な、はしやいだ、連れ立つた若い女たちが來たのである。笑ひながら戲れながら、無造作に彼女の一人が球を投げた。
「當り!」
一時に騷がしく、若い、にぎやかな凱歌と笑聲が入り亂れた。何たる名譽ぞ! チヤンピオンぞ! 見事に、彼女は我我の絶望に打ち勝つた。笑ひながら、戲れながら、嬉嬉として運命を征服し、すべての鬱陶しい氣分を開放した。
もはや私は、ふたたび考へこむことをしないであらう。
鯉幟を見て
青空に高く、五月の幟が吹き流れてゐる。家家の屋根の上に、海や陸や畑を越えて、初夏の日光に輝きながら、朱金の勇ましい魚が泳いでゐる。
見よ! そこに子供の未來が祝福されてる。空高く登る榮達と、名譽と、勇氣と、健康と、天才と。とりわけ權力ヘのエゴイズムの野心が象徴されてる。ふしぎな、欲望にみちた五月の魚よ!
しかしながら意志が、風のない深夜の屋根で失喪してゐる。だらしなく尾をたらして、グロテスクの魚が死にかかつてゐる。丁度、あはれな子供等の寢床の上で、彼の氣味の惡い未來がぶらさがり、重苦しく沈默してゐる。どうして親たちが、早く子供の夢魔を醒してやらないのか? たよりない小さい心が、恐ろしい夢の豫感におびえてゐる。やがて近づくであらう所の、彼の殘酷な教育から、防ぎたい疾病から、性の痛痛しい苦悶から。とりわけ社會
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