月光の水にひたりて
わが身は玻璃のたぐひとなりはてしか
つめたくして透きとほるもの流れてやまざるに
たましひは凍えんとし
ふかみにしづみ
溺るるごとくなりて祈りあぐ。

かしこにここにむらがり
さ青にふるへつつ
くらげは月光のなかを泳ぎいづ。
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郷土望景詩
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 中學の校庭

われの中學にありたる日は
艶《なま》めく情熱になやみたり
いかりて書物をなげすて
ひとり校庭の草に寢ころび居しが
なにものの哀傷ぞ
はるかに青きを飛びさり
天日《てんじつ》直射して熱く帽子に照りぬ。


 波宜亭

少年の日は物に感ぜしや
われは波宜亭《はぎてい》の二階によりて
かなしき情歡の思ひにしづめり。
その亭の庭にも草木《さうもく》茂み
風ふき渡りてばうばうたれども
かのふるき待たれびとありやなしや。
いにしへの日には鉛筆もて
欄干《おばしま》にさへ記せし名なり。


 二子山附近

われの悔恨は酢えたり
さびしく蒲公英《たんぽぽ》の莖を噛まんや。
ひとり畝道をあるき
つかれて野中の丘に坐すれば
なにごとの眺望かゆいて消えざるなし。
たちまち遠景を汽車のはしりて
われの心境は動擾
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