ち
苦しみの叫びは心臟を破裂せり。
かくばかり
つれなきものへの執着をされ。
ああ生れたる故郷の土《つち》を蹈み去れよ。
われは指にするどく研《と》げるナイフをもち
葉櫻のころ
さびしき椅子に「復讐」の文字を刻みたり。
[#改丁]
郷土望景詩の後に
[#改ページ]
※[#ローマ数字1、1−13−21] 前橋公園
前橋公園は、早く室生犀星の詩によりて世に知らる。利根川の河原に望みて、堤防に櫻を多く植ゑたり、常には散策する人もなく、さびしき芝生の日だまりに、紙屑など散らばり居るのみ。所所に悲しげなるベンチを据ゑたり。我れ故郷にある時、ふところ手して此所に來り、いつも人氣なき椅子にもたれて、鴉の如く坐り居るを常とせり。
※[#ローマ数字2、1−13−22] 大渡橋
大渡橋《おほわたりばし》は前橋の北部、利根川の上流に架したり。鐵橋にして長さ半哩にもわたるべし。前橋より橋を渡りて、群馬郡のさびしき村落に出づ。目をやればその盡くる果を知らず。冬の日空に輝やきて、無限にかなしき橋なり。
※[#ローマ数字3、1−13−23] 新前橋驛
朝、東京を出でて澁川に行く人は、晝の十二時頃、新前橋の驛を過ぐべし。畠の中に建ちて、そのシグナルも風に吹かれ、荒寥たる田舍の小驛なり。
※[#ローマ数字4、1−13−24] 小出松林
小出の林は前橋の北部、赤城山の遠き麓にあり。我れ少年の時より、學校を厭ひて林を好み、常に一人行きて瞑想に耽りたる所なりしが、今その林皆伐られ、楢、樫、※[#「木+無」、第3水準1−86−12]の類、むざんに白日の下に倒されたり。新しき道路ここに敷かれ、直として利根川の岸に通ずる如きも、我れその遠き行方を知らず。
※[#ローマ数字5、1−13−25] 波宜亭
波宜亭、萩亭ともいふ。先年まで前橋公園前にありき。庭に秋草茂り、軒傾きて古雅に床しき旗亭なりしが、今はいづこへ行きしか、跡方さへもなし。
※[#ローマ数字6、1−13−26] 前橋中學
利根川の岸邊に建ちて、その教室の窓窓より、淺間の遠き噴煙を望むべし。昔は校庭に夏草茂り、|四つ葉《くろばあ》のいちめんに生えたれども、今は野球の練習はげしく、庭みな白く固みて炎天に輝やけり。われの如き怠惰の生徒ら、今も猶そこにありやなしや。
[#改丁]
跋
前へ
次へ
全10ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
萩原 朔太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング