登らした。十一月下旬、秋の物わびしい午後であつた。落日の長い日影が、坂を登る私の背後《うしろ》にしたがつて、瞑想者のやうな影法師をうつしてゐた。風景はひつそりとして、空には動かない雲が浮いてゐた。
 無限に長く、空想にみちた坂道を登つて行つた。遂に登りつめた時に、眼界が一度に明るく、海のやうにひらけて見えた。いちめんの大平野で、芒や尾花の秋草が、白く草むらの中に光つてゐた。そして平野の所所に、風雅な木造の西洋館が、何かの番小屋のやうに建つてゐた。
 それは全く思ひがけない、異常な鮮新な風景だつた。私のどんな想像も、かつてこの坂の向うに、こんな海のやうな平野があるとは思はなかつた。一寸の間、私はこの眺めの實在を疑つた。ふいに思ひがけなく、海上に浮んだ蜃氣樓のやうな氣がしたからだ。
『おーい!』
 理由もなく、私は大聲をあげて呼んでみた。廣茫とした平野の中で、反響がどこまで行くかを試さうとして。すると不意に、前の草むらが風に動いた。何物かの白い姿がそこにかくれてゐたのである。
 すぐに私は、草の中で動くパラソルを見た。二人の若い娘が、秋の侘しい日ざしをあびて、石の上にむつまじく坐つてゐたの
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