語の二重反復《トートロゲイ》にすぎないから。
即ち言わば彼等にとって、芸術は正に「芸術のための芸術」なのだ。
2
文壇で言われる「生活のための芸術」「芸術のための芸術」の正しい本質は、実に前述した如くである。即ちそれは「イデヤのための芸術」と「観照のための芸術」の別語であって、つまり言えば主観主義と客観主義、浪漫主義と現実主義との、人生観的見地からくる芸術の見方にすぎない。主観的ロマンチシズムの人生観に立ってる人は、必然に「生活のための芸術」を考えるし、客観的レアリズムの立場にいる人たちは、必然に「芸術のための芸術」を思うであろう。しかし注意すべきことは、こうした見解が態度上のものであって、芸術作品としての批判上には、何等関係しないということである。
この事実を説明するため、別の一例を取って話してみよう。例えば学問をする人には、種々異った態度がある。或る多くの人々は、立身出世のために学問をし、他の或る篤志な人々は、社会民衆の利福のために、学術を役立てようと思って学問する。或《あるい》はまた一方には、学問によって生活上の懐疑を釈《と》き、安心立命《あんしんりつめ
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